文/鈴木拓也
大永2年(1522)に開創した古刹、真言宗豊山派の金剛院(東京都豊島区)。「ゆったり寺ヨガ」や「お寺で婚活」といったユニークな催しを企画して、地域の人たちに親しまれているお寺だ。境内には「赤門テラス なゆた」という名のカフェが併設され、素材の味を生かした多彩なメニューが提供されている。
このお寺の第33代目住職を務めているのは、野々部利弘さん。カフェを立ち上げるだけあって、野々部さんは「食」をとても重要なテーマとみなしている。物と心が分離してきた現代社会に生きるわれわれにとって、「心」、「見えない世界」を感じるのは非常に難しい。「食」は、最も身近な存在ながら、見失っていた何かを「氣づき」再発見できる第一歩になりうるのだという。
日々の食の中の「氣づき」で感性を磨き、豊かな人生を「築く」ことを目指して野々部さんが著したのが、『心のごちそう帖 お寺ごはん』(アスコム)だ。
一見して、一工夫くわえた精進料理のレシピ集だが、それにとどまらない。各料理には、野々部さんによる解説(食想伝心)が加えられており、自ら調理し、味わうことで食想伝心に含意された智慧に氣づくことができる。2つ例を挙げてみよう。
「高野豆腐のあおさ揚げ」
【材料(2~3人分)】
高野豆腐:3個
A―昆布だし:お玉1/2、みりん:お玉1/4、塩:2つまみ
米粉:適量
あおさ:適量
揚げ油:適量
【作り方】
1 高野豆腐を水で戻し、水気を絞って、ひと口大の大きさに切る。カットタイプのものはそのままで。
2 バットに合わせたAを入れ、1を浸して下味をつける。
3 2の汁気をかるくきり、米粉とあおさを混ぜたものをまぶす。
4 油を180度に熱して3を揚げ、表面をカリッと!
【食想伝心】
“大地と海の乾物を水で再び戻し、双方の旨味をひとつに含ませ凝縮させます。まるで違う様相で自然界に存在する大地と海ですが、どちらも尊い水の循環によって深く関り、支え合っているのです。空が雨を降らし、大地で育ったさまざまな樹々の栄養が、川から海へと流れ、海の生物が育つ。空、大地、海、すべてがつながり輪廻する自然界に境界はありません。”
「はと麦と豆のグレープフルーツサラダ」
【材料(4人分)】
はと麦:手ばかり2(「手ばかり」とは、手のひらをくぼませそこに素材をのせた分量)
お好みの豆の水煮(金時豆、白インゲン、ひよこ豆など):適量
ゆでたとうもろこし:適量
グレープフルーツ:1個
A―オリーブ油、オレンジビネガー、グレープフルーツの果汁を1:1:1の割合と塩少々
【作り方】
1 はと麦は3時間~1晩水に浸しておく。
2 鍋に水気をきった1、たっぷりの水(分量外)を入れ、弱火で約20分煮る。ざるにあげて水気をきる。
3 グレープフルーツは房から身を取り出し、適当な大きさに手で分ける。
4 ボウルに2、3、汁気をきった豆、とうもろこし、合わせたAを入れ、冷蔵庫で1時間くらい漬け込みます。グレープフルーツの皮に盛れば、夏らしい器に。
【食想伝心】
“はと麦、豆、とうもろこし、柑橘系のくだもの。一見、ばらばらで交わらないと思われる食材の組み合わせでも、それらが遭遇して渾然一体となるときの妙味は、とても愉快なものです。違う性質や志向を持つもの同士のふれ合いと融合は、ときに思いがけないひらめきを生み出します。まどいなく己の本質を知る人は、垣根を取り払うことに恐れを抱きません。”
野々部さんの「お寺ごはん」には4か条というのがあって、その1つが「『引き算』のレシピ」。塩分、糖分、油分などは控えめで、加工食品、化学調味料、刺激の強い食材は使わない。素気なく感じるかもしれないが、むしろこうしたほうが各食材の旨味が感じられて、いい塩梅なのである。
調理は難しくはないので、まず作って、そして味わって、食想伝心を読んでみよう。野々部さんの唱える「氣づき」のヒントが見つかるはずである。
【今日のおいしい1冊】
『心のごちそう帖 お寺ごはん』
http://www.ascom-inc.jp/books/detail/978-4-7762-0966-9.html
(野々部利弘著、本体1,300円+税、アスコム)
文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。