夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。月曜日は「健康・スポーツ」をテーマに、プロレスラーの神取忍さんが執筆します。

文/神取忍(プロレスラー)

私は今、大相撲専門の月刊誌『大相撲ジャーナル』(スポーツ報知)でも連載をもっているのですが、今回は今年4月にその取材で訪れた相撲部屋・西岩部屋のお話です。

西岩部屋は、元関脇・若の里の西岩親方が、今年2月に浅草に開いたばかりの新しい相撲部屋です。国技館のある両国界隈には相撲部屋はたくさんあるのですが、それまで浅草には相撲部屋がありませんでした。浅草が大好きな私は、浅草に相撲部屋ができただけでもうれしくて、西岩部屋訪問を楽しみにしていました。

じつは西岩親方の名前は古川(こがわ)忍といって、下の名前が私と一緒なんですよ。それだけで勝手に親近感を持っていたのですが(笑)、実際に親方とお話しして、お弟子さんたちへの指導の仕方やその考え方に感動し、共感しました。

西岩部屋では挨拶の仕方から親方が弟子に直接指導

新設したばかりの西岩部屋は、5人のお弟子さんがみな10代で、そのうちふたりはまだ15歳(取材当時)。しかも、相撲未経験の子もいます。「相撲で実績がある強い子を取るのではなく、未経験でもやる気のある子を取る」というのが親方の方針だそうです。

「相撲が強ければいいんじゃない。強くっても、人間性がないと意味がない」

親方のその言葉に感動したのは、私もまったく同じように考えているから。

プロレスラーもそうだけど、大相撲は現役で活躍できる時間がそう長くはない。むしろ現役を終えてからの人生のほうが長いんだ。だから親方はお弟子さんたちに、人としてどうあるべきかを伝え、相撲を通じて人間性を高めてほしいと考えているんだよね。

では、人間性とは何か? 私は“当たり前のことができること”じゃないかなと思ってます。たとえば、挨拶をする、返事をする。「ごめんなさい」と素直に言えるか、といわれると、むずかしいことではないのに、なかなかできないって思いませんか?

だから、私も後輩プロレスラーたちには、口を酸っぱくして言っているの。

「プロレスラーだからできなくてもしょうがない、なんて思われてはダメ。人としてやるべきことはきちんとできないとダメなんだよ」とね。

今年4月に西岩部屋を取材させていただいたときの記念写真です。私の右が西岩親方。5人のお弟子さんががむしゃらに稽古する姿に、胸が熱くなりました。

最近の子は挨拶ができないとか、悪いことをしても謝れないとか言われているけど、そうやって若者たちを一刀両断に否定するのはカンタンなこと。でも、それじゃあ人間は育たない。

昔は「1を聞いたら10を学べ」なんて言われたけど、そんな私たちの時代と比べてはダメなんだよね。若い子たちは、若い子の時間で生きていますから。時代に合わせた指導をしていくことが大事だと思うんだ。

私が心がけているのは、トレーニングでも、日常生活上のことでも、ただ叱るのではなく、とにかくねばり強く、繰り返し諭すこと。そして、今の子たちはおもしろみがないとなかなか続かないから、いかに楽しんでやりがいを持てるようにするか、ということも考えています。

その点、西岩親方がスゴイのは、挨拶はもちろん、包丁の持ち方から始まり料理の仕方や食事のマナーなど、生活のほとんどすべてにおいて、入門したての若いお弟子さんと向き合い、自分で直接指導していること。とにかく何をするのも親方と一緒という時間のかけ方は、若いお弟子さんにとっても、ありがたいことだと思うんだ。

人間力が高い人は人間力の高い人に出会う

とかなんとか言っちゃって……、今でこそこんなふうに偉そうに述べているけど、若かりしころの私は人間力が低かったと思うんですよ。

柔道で好成績を残した後に入団した「ジャパン女子プロレス」は結成したばかりの団体だったので、チームのしきたりもなければ、先輩・後輩の上下関係も薄かった。そんな中で(自分で言うのも何だけど)、私はデビューするやいなや、四天王のひとりとして輝くスターになっちゃった(笑)。だから、チームのメンバーと一緒になってご飯を作ることなど一切なく、傲慢だった。

柔道をやっていたから礼儀はわきまえていたつもりだけど、たぶんほかの人にとっては鼻もちならない奴だっただろうと思うんだ。もし当時の自分が、いま自分の横にいたら、きっとブン殴っていると思います。

15歳から始めた柔道で、全日体重別選手権3連覇、世界柔道選手権大会3位など、けっこう活躍したのですが、当時、女子柔道はまだ正式にオリンピック競技になってなかったのが残念。久しぶりに柔道着を着ましたが、やはり気分が引き締まりますね。

でもね、そんな私もプロレスラーとしてキャリアを積んでいくなかで、意識が徐々に変わっていったんだ。フリー宣言をしたり、LLPW-Xの代表になったりして、リングの上の戦いだけでなく、リング以外の世間との戦いをしていくなかで、さまざまなことを学べたと思う。

今の私があるのは、柔道で学んだ礼節力を持っていたことと、応援してくださる年上の方々が、私の人間力を高めてくれたから。なってない私に対して、先輩たちは匙を投げずに正面から向き合い、諭し、アドバイスをしてくれたんだ。ときには饒舌に褒めてもらい、やる気を出させてもらったこともあったっけ。ほら、私って褒められて伸びるタイプだから(笑)。

何より勉強になったのが、人としてのマナーや生き方を、さまざまなシーンで自ら実践して、傍らにいる私に見せてくれたことだったと思う。

そうした学びがあったからこそ、今の私がある。

後輩たちに人間力を高めてほしいと願うのは、自分を磨き高めることで、人間力の高い人に出会える確率が高くなると思っているからなんですよね。これって、デビュー以来、多くの後輩レスラーの生きざまを見てきた私の実感です。

ホント、人生って何が起こるかわからない。

でも、人生のターニングポイントは何かと言えば、その多くが“人との出会い”なんだな。出会いでよくなることもあるし、悪い影響を受けて悪くなることもある。

まあ、そこが人生の奥深くておもしろいところでもあるんだけど……。

とにかく後輩たちには、人間力を高めて、そして人間力の高い人にたくさん出会ってほしいんだよね。

今回はちょっと大仰になっちゃいましたが、読者の皆さんにも、いい出会いがたくさんあるといいなと、心から願っています!

文/神取忍(かんどり・しのぶ)
神奈川県生まれ。プロレスラー。1983年から全日本選抜柔道体重別選手権(66kg級)3連覇。1986年女子プロレスデビュー、現在は総合格闘技にも挑戦中。女子プロレス団体LLPW-X代表。

 

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