文/鈴木拓也

いまやシニア世代でも、大半の人がスマホを持つようになった。その利便性は大きいものがあるが、弊害がないわけでもない。
その1つが、「自己責任の空気感がみなぎったこと」だと指摘するのは、落語家の立川談慶さん。スマホで、他者を介さず様々な処理ができるようになった反面、人との関係性が希薄となった。そこから、全ては自己責任という風潮が生まれつつあることを、立川さんは危惧する。特に、シニア世代のとば口に立つ60歳前後には、看過しがたい流れだとも言う。
そこで、立川さんが提案するのは「割り勘思考」だ。
「割り勘」といっても、支払い時に折半するという、そのままの意味ではない。ひとりひとりは弱い人間が、分担、協力、支え合いといった関係性を持つことを、こう呼んでいる。何かを負担する比率は、半々とは限らず、時には一方が多くを背負うことも稀ではない。しかし、長期的に見ればおおむね帳尻が合っている。そんな考え方を立川さんは、著書『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』(かんき出版 https://kanki-pub.co.jp/pub/book/9784761278410/)で展開する。
社会は「割り勘」で成り立っている
本書で立川さんは、人間は長きにわたり、多様で割り勘的なシステムの中で暮らしてきたと説く。
その一例として、落語界を挙げる。この世界でのキャリアは、修行中の身分である前座がスタート地点となる。前座は、芸を教えてくれる師匠に「授業料」を払う必要はない。代わりに、「楽屋でのすべての雑務を一手に引き受ける」ことになる。それは苛烈極まるもので、心身ともにハードな体験となる。非対称であるが、これも割り勘システムだという。
より身近で最たる例は結婚だ。立川さんは、次のように説明する。
家事の分担、育児の協力、経済的なやりくり、そして何より精神的な支え合い。どちらかが常に多くを負担するのではなく、状況に応じて、時には大きく寄りかかり、時には力強く支える。
この、「塩梅的なブレンド力」こそが、変化の多い人生、そして時に「辛い」と感じる老後を、二人で力を合わせて乗り切るための秘訣であり、温かい「割り勘」の賜物と言えるでしょう。
(本書23~24pより)
そして60歳からは特に、割り勘思考で「軽やかに、しなやかに生きていく」ことがすすめられている。それは、時には他人の力を借り、時には自ら貢献して、豊かな関係性を築く、人間本来の生き方であるとも力説している。
過剰な期待は禁物
さて、その割り勘思考だが、実践にはいくつかのハードルやコツがある。
その1つが、「人と比べる」というメンタリティ。これが、足を引っ張る大きな要因になる。なぜなら、割り勘思考は「共に生きる」ことが肝。それが「人と比べる」と、「あの人より上に行こう」といった、競争主義的な考えに染まりやすい。逆に、自身が困難に直面した時は、助けを求めるのが難しくなる。「人と比べる」ことから生まれるプライドが邪魔するからだ。
立川さん自身は、他の噺家と比較して「あの人より売れたい」などと考えることを自戒する。それだと、「必ず行き詰まります」とし、自分だけの芸を追求していくことを心がける。究極的に目指すのは、「唯一無二の存在になること」だ。それは、齢を重ねてもこの世界で生き残っていく術(すべ)でもある。
割り勘思考を会得するためのもう一つの心構えが、「過剰に期待しない」ことだ。そうした期待は、割り勘思考とは、「真逆のベクトル」だとする。
「割り勘思考」は、自分がすべてを背負い込まず、他者と分かち合うこと。一方、「過剰な期待」は、相手や状況が自分の思い通りになってくれるだろうと、相手に「すべてを背負わせようとする」こと、あるいは状況に「都合よく展開してくれ」と一方的に要求するようなものです。
(本書61pより)
若い頃の立川さんも、「前座修業は2年で終えてみせる」と期待して入門したそうだ。それは、他の多くの噺家志望者も同じであった。しかし、落語界には、「期待させすぎない」ための「差配」があり、長くて辛い修業に耐えきれず大半が脱落していく。生き残ったのは、期待せずに目の前のことを続けてきた人ばかりという現実がある。
逆に、変に期待しないことで得られるものは大きい。例えば、新たな挑戦や人助けが躊躇なくできるようになり、結果として割り勘思考力も高められる。
失敗は開き直って笑いに転換
立川さんがすすめる、もう1つの独自の思考法に「笑転思考」がある。
これは、知人の作家・和田裕美さんが提唱する「陽転思考」をヒントにしたもの。陽転思考は、否定的な物事でもプラスに捉えることで人生を好転させていく考え方。
他方、笑転思考は、「ばかばかしく、あらゆる困難や失敗を笑い飛ばし、最終的には自分自身の糧にしてしまおう」という発想。
例えば、採用試験に落ちた時。「オレが落ちたんじゃない。他の人にチャンスを与えたんだ。こんな世知辛い世の中において、オレは天使だ!」と、人前で開き直る。
一見、ただの自虐に思えるが、実はそうではない。自分が失敗した姿を積極的にさらすことで、周りの人たちに共感や親近感が生まれる効果がある。さらに、笑いも引き出せれば、めっけもの。笑いが持つ心の癒しの力で、話したほうも聞いたほうも心が軽くなり、前向きに生きようという意欲すら生まれる可能性がある。
もっとも、自虐ネタはリスクもはらんでいる。それを避けるには、「明るく楽しく話す」ことが重要。また、容姿にまつわるセンシティブな話題は要注意。「肉体的な欠陥には自他ともに触れない」のが鉄則だ。
【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『人生は「割り勘」思考でうまくいく 60歳からの「人間関係・健康・お金」の不安を分かち合うヒント』

定価1650円
かんき出版
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











