叙勲制度をめぐる悲喜こもごもの人間史
『勲章の近代史 権威と欲望のメカニズム』 刑部芳則著

叙勲は国に貢献した人々への表彰制度である。最高位は大勲位菊花章で、受章者には皇族や総理大臣、最高裁長官経験者が名を連ねる。文化に優れた貢献をした人には文化勲章があり、各地の産業や教育、公共福祉に尽力した功労者向けには、赤、緑、黄などの色名でおなじみの褒章がある。
叙勲に際しては文字通り勲章が授与される。この制度はいつ頃、どのような理由から生まれたのか。そして勲章という飾りは社会にどんな明暗を与えてきたのか。
いきなり登場するエピソードが売勲事件である。勲章に憧れる人々の心理に付け込んだ汚職や詐欺だ。「権威と欲望のメカニズム」という副題が示すように、勲章は見る人によって蠱惑的な輝きを持つ。それは叙勲の本質が社会的序列の明示にほかならないからだ。
明治維新の論功行賞として
そもそもの発端は開国だったと著者はいう。西洋諸国と本格的な外交が始まると、明治政府は国際社会には勲章交換という習慣があることを知る。どんなデザインの勲章をいくつ着用しているかが人物の格であることを悟ったのだ。
叙勲制度は、国内ではまず明治維新の論功行賞に用いられた。初期の高位叙勲者の多くは薩長閥だったが、続いて他の旧藩主にも面子(メンツ)が保てるレベルの勲章が授与される。新政府で働けなかった旧武士たちの不満を抑えるためだ。
国内における勲章は、端的に言えば天皇との距離を示すモノサシ。高位叙勲者になれるのは中央政官界のエリートに限られたが、民衆でもある程度の格を示す勲章をもらうことができる。その方法は寄付だ。一代で財をなした人々が金の次に手に入れたがったのが他人よりも高い位の勲章だった。
戦場で貢献した個人に授与される金鵄勲章も、庶民の名声欲を満たす役割を果たした。戦争が激化すると国民を鼓舞するツールと化したが、乱発がたたって発行が滞り、勲章自体も粗略化されたことで不満が巻き起こったという。
叙勲制度は、このような経過と反省を踏まえ今に引き継がれている。勲章をめぐる悲喜こもごもの人間ドラマも面白いが、律令時代の官位・位階制度との連続性という視点からみても興味深い。
世界各地のユニークで厳かな「死者の送り方」
『葬祭ジャーニー 世界の「死」をめぐる、びっくりするような風習と儀式』アニタ・イサルスカ著 高崎拓哉訳

3630円
アメリカは土葬の国だが、国民のほぼ半数が遺体の防腐処理を選択する。ベトナム戦争で亡くなった兵士に家族が対面できるよう始まった方法だ。だが最近は、防腐は不自然だとして遺体の分解を土壌に委ねるグリーン葬が人気。バクテリアの入った装置で堆肥化するコンポスト葬なるサービスまである。一方、パプアニューギニアの村では煙で燻す昔ながらの方法で遺体をミイラ化する。旅行者は見ることができないがチベットの鳥葬(天葬)も健在だ。遺灰を高温で焼きセラミックの念珠にする韓国の流行。現代アートばりに棺(ひつぎ)の個性を競い合うガーナ。世界のさまざまな葬送を訪ねた快著である。
コンクリート集合住宅が作り上げた戦後文化
『世界は団地でできている 映画のなかの集合住宅70年史』団地団著

やがて訪れる深刻な住宅不足問題を回避するために日本住宅公団が設立されたのは1955年。以後、全国の都市郊外に大規模集合住宅が誕生した。いわゆる団地だ。宇宙基地のように突如増殖を始めたその光景に注目したのは、映画やドラマ、アニメの作者たちだ。本書は、そんな作品世界の影響を受けて育ったメンバーによる考現学的な団地論。森繁久彌主演の『喜劇 駅前団地』。小津安二郎の『秋刀魚の味』。そして日活の名物となった『団地妻』。テレビの『ウルトラマン』(円谷プロ)シリーズはもとより、『童夢』(大友克洋)、『新世紀エヴァンゲリオン』(庵野秀明)、さらにはそのものずばりの団地漫画『団地ともお』まで、さまざまな話題作に登場した団地という空間について論じ合う。
選・文/鹿熊 勤 ※文中、敬称略
誰も知らない「物語」を世界に訪ねて
『迷宮ホテル 異国の路地と宿の物語を彷徨い歩く』 関根虎洸著

世界から「知らない場所」がなくなった。インターネット上の地図は世界中を網羅していて、スマートフォンから瞬時に、エベレストの頂上にも南米アマゾンの奥地にも行けるようになった。秘境など存在せず、冒険という言葉は死語になった。
だが、この本に出会って、その考え方を改めることとなった。世界はまだまだ未知に溢れている。私たちは「知ったつもり」になっていただけで、知ろうとしなかっただけだったのだ。
本書は、端的にいえば「ホテル宿泊体験記」だ。フリーカメラマンの著者が、世界各地のホテルに泊まり、色鮮やかな写真と共にその体験を記す。この説明だけでは、よくあるホテル紹介本にしかみえないが、そうではない。
たとえば著者は、世界遺産にもなっている客家土楼(ハッカどろう)に泊まる。ここは、中国・福建省の山岳地帯にある3〜5階建ての円形の集合住宅で、敵の侵入を防ぐために入口はひとつしかない。集合住宅の棟を円形に造った、といえばおわかりだろうか。外は壁で内に開かれている。
ここに泊まること自体は、不可能ではない。この当時、住人が観光客用に部屋を貸していた。
著者の真骨頂はここからだ。著者は泊まるだけでなく、常にそこから、奥を覗きに行く。この時は、部屋を貸してくれた住人と仲良くなり、初訪問の2年後、春節(中国の旧暦の正月)に再訪し、伝統行事を体験する。さらにその3年後、結婚式に招待され、その模様を写真に収める。著者は内側から、異国の地を見ようとしていたのだ。
タンザニアのからゆきさん
インド洋に浮かぶザンジバル島(タンザニア連合共和国)のホテル訪問は、また別の意味で衝撃的だった。実はこの島には「ジャパニーズ・バー」があったというのだ。
明治初年から昭和の初めまで、海外に出稼ぎに出た日本人がいた。それを「からゆき」(唐行き)といった。その多くは娼婦で、例えば日露戦争直後のシンガポールには、1000人近い日本人娼婦がいた。ここザンジバルにも、からゆきさんがいた。バー2階の自室で客を取っていたのだ(その部屋が写真に収められている)。からゆきさんは、この地に昭和34年までいたという。
本書では19軒のホテルを160点超の写真とともに紹介する。著者の泊まるホテルのさらに「奥」には、客家の生活や、からゆきさんの忘れ去られた歴史があった。著者のホテルを巡る旅は、「誰も知らない物語」をひもとくものでもあったのだ。
日本人とアメリカ人の「心」が異なる理由
『文化が違えば、心も違う? 文化心理学の冒険』 北山忍著

サハラ砂漠より南を「サブサハラ・アフリカ」と呼ぶが、実はここには、ある共通の「文化」があるのだという。それが「グループ内の激しい競争」だ。例えばここでは、兄弟間でも激しく争う。ところが「協調性」も高い。一見矛盾するが、彼らの中では何の疑問もない。なぜなら、競争に勝った人間は尊敬を勝ち取るが、一方で、所属する集団に対し経済的に貢献するのが当たり前だからだ。文化が、行動心理を左右していたのだ。文化心理学者の著者は、実地での見聞、最新の人類学や遺伝学の知見を取り入れながら、「心」がその地域の文化や歴史によって決定されていることを明らかにしていく。欧米人に比べ、日本人が酒に弱いのは稲作の歴史と関わっていた、などなど、知的な冒険が繰り広げられる。
Tシャツから日本の社会と流行が見えてくる
『Tシャツの日本史』 高畑鍬名著

では質問です。あなたはTシャツの裾を、中に入れますか。それとも外に出しますか。著者によれば、Tシャツの裾を入れる/入れないは、実はおしゃれの判断基準になっているのだという。’80年代にデビューした尾崎豊と吉田栄作は、Tシャツをジーパンの中に入れて登場した。だが平成になると、裾を入れるのはダサさの象徴となった。ところが2010年から若者は裾を入れ始め、今や裾出しはダサい行為となっているのだという。本書は、福澤諭吉や夏目漱石など明治時代の作品からTシャツ史を書き起こし、小津安二郎、石原裕次郎、矢沢永吉……と時代に埋もれたTシャツ物語を掘り起こす。Tシャツというファッションアイテムから、日本の社会と流行が見えてくる。
選・文/角山祥道

特別付録『2026年「サライ」オリジナル「ゴッホ・カレンダー」』











