文/印南敦史

『老後を心おだやかに生きる』(岡山容子 著、明日香出版社)の著者は30年の実績を持つ医師であると同時に、僧侶としても活動しているという異色の人物。高齢者の体と心に寄り添い、“最期”を双方向から見つめ、支えてきたのだ。
その結果、「老後は、心おだやかに生きてほしい」と願っているのだという。根底にあるのは、老いることも弱ることも、どちらも“自然の流れ”だという考えである。
自然の経過の中で訪れる死を生の一地点として苦しみ少なく通過できるように、生の世界と充実した別れができるようにしたいと思って終末期医療に携わっています。(本書「はじめに」より)
そこで本書においては、「年を重ねるにつれて心の負担が増えていく」という方々に向け、“どのように自分の体の変化に向き合い対処していけばよいか” “誰もがいつか通る道を心おだやかに自分らしく生きていくにはどうしたらよいか”についてのメッセージを投げかけているのだ。
たとえば年をとるといろいろな「ガタ」がくるものだが、その点について著者はひとつの指摘をしている。「ガタがきた」と実感する多くの人は、実際のところまだまだ元気であり、病院に行くほどではないということ。
たしかに、本当に命に関わるような状態だったとしたら「ガタがきた」などと口にする余裕はないだろう。
そして、ここで著者が引き合いに出しているのは、よく見かける「シルバー川柳」である。
誕生日 ローソク吹いて 立ちくらみ
立ち上がり 用事忘れて また座る
三時間 待って病名 加齢です
(本書16ページより)
これらの例のように、日々の老いに関する「ああ、自分も年老いたな」という思いを「ネタいただき」と笑える余裕。それがとても大切だということだ。
もちろん老いていくに従って、困ることやつらいことも増えていくに違いない。だがそれは「あって当然」のことなのだから、必要以上にネガティブに考える必要はないのだ。さらに、それを笑いのネタにしてしまえれば、気持ちにも余裕が生まれて当然である。
病気についても同じことがいえるだろう。著者の患者さんには脳梗塞後の方も多く、なかには「脳梗塞になったのだから、もうおしまいだ」と嘆く方もいるという。
だが、著者はこう断言するのだ。
「もうおしまいだ」なんて思われていますが、意外と「おしまい」でもないし、日々を丁寧に生きておられる方もいらっしゃいます。(本書28ページより)
もちろん老いていくほど日常生活の動作は低下し、思い通りにならないことも増えていくだろう。それどころか、やがて寝たきりになってしまう可能性も否定できない。
しかし、それらは避けられない事実であり、そういうものだと受け入れることこそが大切なのだ。加えて重要なのは、たとえ思い通りにならないことが増えていったとしても、それは「おしまい」ではないということである。
思い通りにならなかったとき、「仕方がないから、こうしてみた」と別の手段を選んだ経験は誰にでもあるのではないだろうか。つまりはそうした決断が、結果として“いま”につながっているのだ。それを忘れるべきではない。
その“いま”は、必ずしも理想どおりではなかったかもしれない。しかし、若いか老いているかに関係なく、そういうことはよくある。
重要なのは、そうした局面でどう感じ、どう考えるかだ。
思い通りにならない病気になることもあります。
生活の自由が奪われる病気。
命が危うくなる病気。
それらに罹患したとしても、そこから始まる豊かさはあるのではないかと思います。きれいごとではなく。
目の前にあることに豊かな意味づけをするのも、
「おしまいだ」と意味付けするのも、その人次第です。(本書31ページより)
事実、「こんな病気になって初めて見えてくるものがありました。病気にならなかったら、こんなにいい時間はなかったかもしれない」と口にする患者さんはとても多いのだという。
私は「思い通りにならない人生から広がる豊かさがある」と思います。(本書32ページより)
そういった状態にあったとしても、思いもかけないなにかを得ることが人生にはある。そういう意味でも、思い通りにならないと嘆くのではなく、「ここから、なにができるか」と前向きに考えてみることが大切なのではないだろうか

『老後を心おだやかに生きる』
岡山容子 著
1540円
明日香出版社
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。











