文/鈴木拓也

江戸幕府が開府して早々、徳川家康は江戸と京都を結ぶ一大街道を整備した。
その名は東海道。歌川広重の「東海道五十三次」がすぐさま連想されるが、この「五十三次」とは、東海道沿いにある53の宿場を指す。各宿場には、本陣や旅籠など宿泊施設が立ち並び、往来する旅人や商人らが利用した。
現代では、旧東海道と呼ばれるこの道を巡る“街道歩き”が盛んだ。東京~京都を日数をかけて踏破する人もいれば、特定の宿場の名所旧跡を訪ねる人もいるなど、そのスタイルはさまざま。
この街道歩きのガイドブックが、先日刊行された。タイトルは、「旧東海道 宿場散歩 日本橋から箱根まで」(東京・神奈川の宿場を歩き隊編著/有隣堂 https://www.yurindo.co.jp/publication/book/stroll-through-the-old-tokaido-post-station)。
本書は、関東の10宿について専門家が解説した上で、歴史・地理に精通した地元の方が案内。その導きに沿って書き手が巡るという趣向。今回はその一部を紹介しよう。
現代的な街並みに歴史が息づく川崎宿
今は一大工業都市として栄える川崎市だが、江戸初期に開設された頃の川崎宿は、4つの寒村で構成された寂しい所であった。「財政的に厳しく、伝馬人足の定数を維持できないほどの窮状」であったという。
それが、六郷の渡しの渡船権を川崎側に移してもらうことで、財政状況は改善。1813年に徳川家斉が川崎大師に参拝して以来、参詣者も増加した。
かわさき歴史ガイド協会の中村紀子さんのガイドのもと、ここを歩く書き手は森由香さん。起点は、多摩川を渡るところから。
江戸時代の多摩川は暴れ川で、橋を架けては流出を繰り返したため、架橋は断念。明治時代に入るまで、渡し船が交通手段であった。今は、六郷橋で簡単に渡れる。その橋の親柱の上に、当時の渡し船のオブジェが置かれ、渡った先には「明治天皇六郷渡御碑」が立つ。これは、明治天皇の一行が東幸した際、23隻の舟が並べられ、その上を渡ったことを記念したモニュメントである。
川崎市街に至り、森さんが向かったのは「東海道かわさき宿交流館」。「なんといっても、川崎宿の歴史がとても分かりやすいし、そして楽しめる展示」と、おすすめの理由を挙げる。それから川崎市役所へ。25階にある展望ロビー・スカイデッキが一般開放されており、市内周辺を一望できる。
川崎は、歴史的な遺物が数多く埋もれている土地でもある。例えば、八丁畷駅そばにある松尾芭蕉の句碑。街の美化活動中に発見されたもので、江戸時代の歴史遺産として、とても価値があるものだそうだ。

寺社への参詣者でにぎわった藤沢宿
日本橋から数えて6番目の宿場が、藤沢宿だ。歴史的に社寺が多い地域で、「江ノ島(弁才天)詣で、大山(石尊権現)詣り」が名高い。江ノ島弁才天の開帳は春、大山山開きは夏ということで、この季節になると参詣者でにぎわった。
藤沢宿の案内役は、元藤沢市藤澤浮世絵館学芸員の細井守さん。書き手は、ウェブデザイナーの大原一晃さん。最初に巡るのは、時宗の総本山である遊行寺の界隈。寺の裏口には、小栗堂の石碑がある。小栗堂とは、歌舞伎の演目にもなった小栗判官伝説に出てくる照手姫が、晩年に住んだ塔頭とされる。江戸時代、多くの旅人がここを訪れた。石碑自体は、1803年に建った比較的新しいものである。
細井さんが、「おいしいラーメンなんですよ」とすすめるのが、藤沢本町駅にほど近い小松屋。かつての小松屋は、この地でも有数の旅籠を経営していた。そこで働いていた飯盛女が亡くなると、墓碑を建てて手厚く葬った。小松屋の主人と飯盛女たちは、今も永勝寺で大切に祀られている。
藤沢宿で、ひときわ大きな神社であったのが白旗神社だ。今も広い境内には、藤沢輪盛会の記念碑がある。自転車の普及を図る一環として、1916年にここで競輪が開かれたという。

難所ながらも見どころの多い箱根宿
本書で取り上げる宿場の終着点が、箱根宿となる。箱根山の頂あたりに位置し、そばには芦ノ湖がある。「東海道きっての難所」であり、休憩場所として1618年に設置された。翌年には箱根関所も置かれている。
この関所は、夜間から早朝にかけて閉門されており、夜になって到着した旅人は、その手前で宿泊するというニーズがあった。そのため、関所を挟んで東西に宿場が発展していった。ところが、江戸時代の後期に入ると、宿場は通り過ぎて、箱根の温泉場に泊まる旅人が増加。幕府は、宿場維持の観点から、宿場以外での宿泊を禁じるが、あまり実効性はなかったようだ。
それが、明治時代に入って箱根離宮ができると、今度は避暑地として活況を見せるようになった。現在は、外国からの旅行客にも人気の観光エリアとなっている。
ここを案内するのは、登山ガイドの「シンさん」こと金子森さん、ともに歩くのはまちづくりプロデューサーの小嶋寛さんだ。須雲(すくも)川自然探勝歩道の入り口から森の中に入り、有名な石畳の道へ。最初から石畳が整備されていたわけではなく、竹を敷き詰めるなど、一時的な処置をしながら今も残る姿になったそうだ。
そこを過ぎると坂道が多くなり、疲れ切ったところで甘酒茶屋に到着。13代目当主のもてなしで、ちょっと休憩する。現当主によれば、かつてこの地域は「天下の難所」と呼ばれ、一息つける茶屋が数多くあったという。明治の世に入って国道ができると、この道は廃れていき、残った茶屋はここ1軒だけとなる。
一泊して、二人が最後に訪れたのが、復元された箱根関所。「江戸時代へのタイムスリップ感が半端ありません」と、シンさんが評価するほどの完成度で、箱根に来たら必見の場所となっている。

このように本書は、歴史の解説から街並みの変化までを網羅した、関東圏の旧東海道宿場巡りの決定版となっている。街道歩きにちょっとでも興味がある方なら、一読してみるといいだろう。
【今日の旅を楽しくする1冊】
『旧東海道 宿場散歩 日本橋から箱根まで』

定価1650円
有隣堂
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。











