ブラジル・リオ発!世界を癒した音楽の新しい波「ボサ・ノヴァ・ヴォーカル」【ジャズ・ヴォーカル・コレクション07】

『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第7号「ボサ・ノヴァ・ヴォーカル~ジョアン・ジルベルト、ナラ・レオンほか~」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第7号「ボサ・ノヴァ・ヴォーカル~ジョアン・ジルベルト、ナラ・レオンほか~」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

リオ発、世界を癒した新しい波

文/後藤雅洋

ジャズと映画で広く伝播

ボサ・ノヴァは1950年代の末、ブラジル南部の大西洋に面した風光明媚な大都市、リオ・デ・ジャネイロの裕福な家庭のアマチュア・ミュージシャンたちによって生み出されました。

よく知られているのは、まだ女学生だったナラ・レオンの、トイレが4つもあるという大邸宅に若き日のアストラッド・ジルベルトら多くのミュージシャンの卵たちが集まる音楽サークルのような交流の場があったというエピソードです。

同じころ、こうした「若手音楽研究グループ」はほかにもいくつかありました。そうした若者たちの新しい動きに関心をもったのが、すでに名を成していたアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム・ジョビン)や、ジョアン・ジルベルトといった少し上の世代のプロ・ミュージシャンたちでした。そして両者の音楽的交流の中から、ボサ・ノヴァ(=「新しい粋で洒落た感覚」の意)が誕生したのです。

ボサ・ノヴァ誕生に際して活躍したもうひとりの重要人物に、外交官で恋多き詩人、ヴィニシウス・ジ・モライスがいます。ヴィニシウスは1956年にトム・ジョビンと舞台音楽を共作しましたが、これが59年マルセル・カミュによって映画化され、『黒いオルフェ』として世界じゅうにサンバ、ボサ・ノヴァを広げるきっかけとなりました。映画のタイトル・バックに流れる哀愁に満ちた名曲「フェリシダージ」はトムが、「カーニヴァルの朝(黒いオルフェ)」は、ルイス・ボンファが作曲しました。

ボサ・ノヴァは映画『黒いオルフェ』に登場する、リオのカーニヴァルで知られたサンバの影響を受けていますが、ダイナミックでダンサブルなサンバに比べ、「フェリシダージ」や「カーニヴァルの朝」のように、ゆったりとしたテンポでしっとりと歌いかけるような曲想が特徴といえるでしょう。その囁きかけるような歌唱法は、アメリカのクルーナー歌手、ビング・クロスビーやフランク・シナトラ、そして歌も歌うトランペッター、チェット・ベイカーなどの影響もあるようです。(ちなみに「クルーナー」とは、性能の向上したマイクロフォンを上手に使って囁くように歌う歌手のことをいいます)

ブラジルの国民的音楽ともいっていいサンバに比べ、ボサ・ノヴァはブラジルでも一部の知的なファン層にしか知られていませんでしたが、1960年代に、アメリカのジャズ・ミュージシャンを経由して世界じゅうに広まりました。

白人ギタリスト、チャーリー・バードや白人テナー・サックス奏者スタン・ゲッツが、ブラジル発の“新音楽”ボサ・ノヴァに興味をもち、相次いでボサ・ノヴァを取り入れたアルバムを発表し大ヒットしたのです。

私たち日本のファンは、ゲッツ、ジョアン、アストラッドが共演した「イパネマの娘」や、アメリカ留学から帰国したアルト・サックス奏者、渡辺貞夫を通してボサ・ノヴァの存在を知ったのでしたが、その下地として、映画『黒いオルフェ』によって描かれたエキゾチックなブラジル音楽シーンの影響も大きかったと思います。