■介護から離れられる時間がありがたい
その一方で、遠距離介護ならではのメリットも感じている。
「東京にいると、ちょっと冷静になれるんです。親のことをいったん脇に置いて仕事に集中する時間は、長期戦となる遠距離介護生活には欠かせません。介護のストレスがたまると、そばにいる父に当たってしまうこともあります。静岡を離れると、ああ父に悪いことをしたなとも思える。離れることができて、ありがたいと思えます。だから、ときどき静岡と東京、これがちょど良い距離なんでしょうね」
いつの間にか、更年期のトンネルは抜けていた、と笑う。
「最近両親がデイサービスに行っている間に、里山歩きをはじめたんです。2時間くらいで登れる、丘みたいなところですけどね。近所の同級生が案内してくれるんですが、ハイキング程度でも私には必死です(笑)。でも何も考えないで歩くと、頭がリセットされる。山頂から、駿河湾が見えると心が洗われます。そんな景色を見ながら、友人に介護のことを話せるようになって、更年期が完全に抜けたと思います」
友人は40代で両親を亡くしているので、90代の親が健在の上野さんを「うらやましい」と言う。そんな言葉を聞いて、「まだ自分は恵まれているのかもしれない」とも思う。
そして今――
上野さんは、トキ子さんの残り時間が少なくなってきたことを感じている。
「ずいぶん長生きしてくれましたが、親も死ぬんだなと受け入れる覚悟もできてきました」
静岡と東京、その行き来の時間は、親の老いと生の終わりを受け入れる時間でもあるのかもしれない。
【後編に続きます】
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。