聖夜を彩る不滅のボイス!ジャズ・ヴォーカル・クリスマス【ジャズ・ヴォーカル・コレクション16】

(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第16号「ジャズ・ヴォーカル・クリスマス」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第16号「ジャズ・ヴォーカル・クリスマス」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

個性が明確に表れる“特別な歌”

文/後藤雅洋

日本のクリスマス風俗

クリスマスの想い出は、世代によって違うのではないでしょうか。私など団塊世代は、まだ焼け跡や進駐軍用の長方形道路標識など、「戦後」の風景が街のあちこちに残っているころのクリスマスのことを想い出してしまいます。

昭和30年代の街角は街灯も少なく、ショーウインドウの明かりが今よりいっそう輝いていました。銀座、新宿、そして渋谷の百貨店の大きな飾り窓にしつらえられた、クリスマスツリーやトナカイに乗ったサンタクロースなど、思い思いの飾りつけが年の瀬の街に華やぎを添えていました。

そしてレストランのメニューには、貴重だった鶏の丸焼きが登場し、ケーキ屋の店頭はショートケーキの山が築かれていました。

しかし、気分としてはたんなる「お祭り」で、あまり「神聖」な気分というわけでもなかったようです。何より「家庭でのクリスマス」というより、「お父さんたち」が外で派手に飲みまくるための「口実」がクリスマスで、「チキン」や「ケーキ」は家族への「言い訳用」のお土産的色彩が濃かったようです。

当時の日本映画のクリスマスといえば、華やかに着飾ったホステス嬢相手に、サンタなど思い思いのお面をかぶったサラリーマン諸氏が天下御免で酔っ払う風景がよく描かれたものです。まあ、神さまもビックリですよね。

それでもやはりクリスマスは、子供たちにとっては年に1度の楽しみなイヴェントでした。この日が何の日なのかあまりよくわかっていない私なども、靴下に入っているはずのプレゼントを夢見、クリスマスを待ち望んだものでした。

時代は一気に80年代バブルへとワープします。そのころ私はもう結婚し子供もいたのですが、どうやらクリスマス風俗も一変していたようです。

聞くところによると、クリスマスには都内の一流ホテルはすべて予約満杯。お洒落なカップルが「自分たちだけ」のクリスマスを、ホテルのレストランでワインなど傾け豪華に過ごすようになったそうなのです。もちろん支払いはすべて男性。私は「早く結婚しておいて助かった」と安堵したと同時に、「このバチ当たりどもが!」とエラそうにも思ったものでした。

しかしすぐに思い出しました。私もまだ学生のころ、そのころ憎からず思っていたさる女の子をクリスマスの晩にデートに誘ったのでした。しかし賢い彼女は言いました。「今日はクリスマスだから一緒に教会に行きましょう」。やむをえず彼女の母校のチャペルに行くと、どういうわけか、きわめて低い位置に、ひざまずく際に膝を乗せる台があるのですね。

言われるままその台に膝を乗せ、慣れない中腰の姿勢で長いお説教を聞きつつお祈りを捧げていると、とても腰がツラい。そのとき思ったものでした。「神さまはすべてお見通し」。どちらにしても、やはり「日本のクリスマス」は、「お祭り」だったのですね。

(次ページに続く)