文/晏生莉衣
世界中から多くの人々が訪れるTOKYO2020の開催が近づいてきました。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。
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英語のスペルと発音には色々なルールがあります。前回に続き、今回も基本的なルールを紹介しましょう。
まず、次の単語を声を出して読んでみて下さい。
・wine(ぶどう酒)
・make(作る)
・these(これらの)
・home(家、家庭)
・cute(かわいい)
なにげなく発音しているこれらの単語ですが、スペルと照らし合わせると、すべて、最後のeを発音していないことにお気づきになりましたか? これは、「単語の最後がeで終わる場合、そのeは発音しない」という英語の基本的なルールがあるためなのです。発音しない最後のeは「サイレントe」と呼ばれています。最初のwineは愛飲家ならどなたでも読めるはずの「ワイン」ですが、「ワイネ」と発音しないのは、この「サイレントe」のルールに則っているからです。
さらに、このルールにはもう少し続きがあって、「サイレントeの前にある母音は長母音の発音になる」というポイントがあります。「長母音の発音」とは、便宜上カタカナで表すと、aはエィ、eはイー、iはアイ、oはオー、uはユー、ウーのような発音です。「アルファベット読み」とも言われ、abcdefg…という英語のアルファベットの歌に出てくる発音と同じ、といったほうがわかりやすいかもしれません。wineなら、母音のiが「イ」ではなく、「アイ」という発音になるので、「ウィ」ではなく「ワイ」となり、最後のeを発音しないというルールからnの「ン」だけ発音するので「ワイン」となるのですね。
例に挙げたその他の単語も1つずつルールと見比べてみると、同じ規則に一致していることがおわかりになるでしょう。ここで何度も出てくる「ルール」のruleという単語もこれにあてはまります。日本人は単語を丸ごと暗記する方法を使うことが多いですが、英語のスペルと発音は、このようにとても規則だっているものなのです。ルールには例外もありますが、さほど多くないので、英語圏ではルールといっしょに教わります。サイレントeのルールでは、例えば、have, come, giveは最後のeは発音しないというルールにはあてはまりますが、その前の母音が長い発音になるというルールにはあてはまらない例外になります。
前回同様、このルールもルールとして教えられるとむずかしく聞こえるかもしれません。でも、声に出して発音してみれば意外に簡単で、最初に例に挙げたような日常レベルの単語なら、日本人はほとんどの場合、ルールを知らなくても正しく発音できるでしょう。
ただ、こんな間違いが起こることがあります。英語圏でポピュラーな名前のMikeにも、サイレントeのルールが使われているので「マイク」と発音されるのですが、これを「ミケ」と読んでしまう人がけっこういるのです。「ミケ」だと日本語のローマ字表記の発音ですね。ローマ字表記と英語の混同の好例ですが、実際にミケという名前のネコを飼っているなら、「ミケ」と読んでしまってもおかしくはないでしょう。
「ミケ」でも「マイク」でも言語や文脈によってはどちらも正しいのですが、「Mikeは日本語ならミケなのに、英語ではなぜマイクと発音するの?」と、ローマ字と英語の発音の違いに悩むお子さんやお孫さんから疑問を投げかけられたら、どのようにお答えになりますか?
たいていは、「アメリカ人やイギリス人にはよくある名前で、マイクって読むと決まっているものだから」というように、世間一般の話としてお茶をにごしてしまうのでは? しかし、学校の英語の時間にそのように教えるのでは、生徒の疑問をきちんと解いているとは言えません。とは言っても、では、上記の「サイレントe」のルールを使って説明できる日本の先生がどれだけいるかと言えば、それほど多くないというのが実態ではないでしょうか。
安倍首相の「アベ」も英語では別名に
もう1つ、名前の例を挙げると、安倍首相の「アベ」というお名前がアメリカでは「エィブ」と呼ばれると、一時、日米で話題になりました。「Abe」というローマ字表記が、アメリカ人の間ではよく知られているエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)大統領の愛称「Abe」と同じスペルなので、アメリカ人は安倍首相のお名前を見ると、このリンカーン大統領の愛称の「エィブ」を連想するのです。
では、どうして英語では「Abe」が「エィブ」になるのかと言えば、これもまた「サイレントe」のルールによっています。Abeの最後のeは発音せず、その前にある母音のAはエィとアルファベット読みにするので「エィブ」となるのですね。ポピュラーな名前では、Daveが「ディヴ」となるのも同様です。
最後に、「サイレントe」の別の機能について説明しておきましょう。先に例に出した「ワイン」のwineから最後のeを取ると、「勝つ」という意味のwinになり、発音は「ウィン」になります。cuteも同様で、eがなくなれば「切る」という意味のcutになり、発音も変わります。このように、発音しないのに、そのeが姿を現したり消したりすると別の意味や発音になる単語が多くあることから、魔法のようなeという意味で「マジックe」とも呼ばれています。英語圏の子どもたちはこちらのアプローチから、hopがhopeに、carがcareにと、スペルと発音の関係とその意味の変化を学んでいくことが多いようです。
あまり意識せずになんとなく発音している英語ですが、実はとてもロジカルで奥が深いもの。ところが日本では、こうした英語のスペルと発音の基本的なルールが、学校ではあまり教えられてきていません。教える側の先生を始め学校関係者や教育行政担当者などにそうした知識が乏しいことが一因となっているのが本当のところでしょう。ルールはシンプルで難解ではないですし、子どもにも大人にも知的なインスピレーションや学ぶモティベーションを与えてくれるものなので、専門的知識不足で教えられないというのは大変残念なことです。来年度から小学校で英語が必修科目になる(5、6年生対象)など、子どもの英語教育の強化ばかりが盛んに言われていますが、なによりも、「英語って楽しい」と思えるような良質な授業ができる豊かな教養を、大人たちがまず身につけることのほうが先決すべき課題ではないでしょうか。
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事。途上国支援や国際教育に関するアドバイザリー、平和構築関連の研究等を行っている。