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今年2019年は、葛飾北斎(1760-1849)が浅草聖天町遍照院境内の住まいで亡くなってから、ちょうど170年。没後170年を記念して、東京・すみだ北斎美術館では「茂木本家美術館の北斎名品展」が開催されています(2019年11月4日まで)。千葉県野田市にある茂木本家美術館は、キッコーマンの創業家のひとつである茂木本家十二代当主・茂木七左衞門氏(1907-2012)が収集した浮世絵や近現代作家の作品などを収蔵しており、今回の「茂木本家美術館の北斎名品展」では、北斎の錦絵・摺物・版本・関連作品など116点が展覧されます。まずは、その見どころを、ご紹介していきましょう。

■北斎の「赤富士」には、「青富士」バージョンがあった

北斎の代表作『冨嶽三十六景』のなかで「三役」とよばれるのが、『神奈川沖浪裏』『凱風快晴』『山下白雨』。この展覧会では、三役のひとつ『凱風快晴』(通称「赤富士」)と、その藍摺版(通称「青富士」)を見比べることができるのです。

『冨嶽三十六景 凱風快晴』茂木本家美術館蔵。夏の終わりに、朝日が山腹を赤く染める風景。「凱風」とは夏に吹くあたたかい風のこと。

『冨嶽三十六景 凱風快晴』茂木本家美術館蔵。夏の終わりに、朝日が山腹を赤く染める風景。「凱風」とは夏に吹くあたたかい風のこと。

 

『冨嶽三十六景 凱風快晴(藍摺版)』茂木本家美術館蔵。(いずれも2019年9月10日から10月6日まで、「茂木本家美術館の北斎名品展」で展示)

『冨嶽三十六景 凱風快晴(藍摺版)』茂木本家美術館蔵。(いずれも2019年9月10日から10月6日まで、「茂木本家美術館の北斎名品展」で展示)

この「青富士」は世界で6例しか確認されていない珍しい作品のひとつで、今回の展示に際した研究で、「赤富士」の初摺に近いものよりも「青富士」の版木のほうが、摩耗が進んでいることがわかりました。つまり、赤富士をある程度摺ったあとの版木で、別バージョンとして、藍摺(あいずり)がなされた可能性が高いのです。

今回の展覧会に出品される「青富士」は、「赤富士」よりも後に摺られています。つまり、藍→多色というふうに単純に歴史的に手法が推移していったのではなくて、多色摺が刊行されるなかで、あるいは多色摺が刊行されたあとで、藍摺の作品が刊行されたという可能性が浮上してきたのです。

『冨嶽三十六景』刊行直前の文政年間(1818-1831)にはすでに、溪斎英泉(けいさいえいせん)が、新しい顔料「ベロ藍」(プルシアンブルー)を用いて、藍一色で摺った団扇絵を刊行しており、ブルー一色の作品が、流行していました。大都会・江戸でも、いまの日本の都市部と同じように「地味なモノトーンが格好いい」という風潮があったのです。ちょうど、今でいうなら「渋い」「クール」という感覚でしょうか。

そんな時代背景のなかで、有名な「赤富士」の藍摺バージョンとして、「青富士」が生まれたのかもしれません。

北斎は、当時、美人画や団扇絵などで流行しはじめていた「ベロ藍」を風景画(名所絵)に用いた第一人者でした。『冨嶽三十六景』では、輪郭線にいたるまで、墨ではなく、藍を用いています。

江戸後期、富士講やお伊勢参りなどが大流行する旅ブームのなかで、クールで渋い北斎のブルーの使い方は多くの人々の心をつかんだのでしょう。当初36図予定だった『冨嶽三十六景』は、最終的に46図まで刊行されました。

『冨嶽三十六景 山下白雨』茂木本家美術館蔵。富士山の大きさ、スケール感がきわだつ斬新かつシンプルな構図。画面左上、晩夏から初秋にかけての空にうかぶ鰯雲と、右下に光る稲光の対比が印象的。このように迫力あふれる富士を描くことができた北斎は、富士山のかなり近くまで訪れた経験があったのではないか。「茂木本家美術館の北斎名品展」にて、10月8日~11月4日の期間に展示される。

『冨嶽三十六景 山下白雨』茂木本家美術館蔵。富士山の大きさ、スケール感がきわだつ斬新かつシンプルな構図。画面左上、夏の積乱雲と、右下に光る稲光の対比が印象的。このように迫力あふれる富士を描くことができた北斎は、富士山のかなり近くまで訪れた経験があったのではないか。「茂木本家美術館の北斎名品展」にて、10月8日~11月4日の期間に展示される。

■北斎の「躍るような波」は、いかにして生まれたのか?

つづいては、北斎の代表作『神奈川沖浪裏』です。こちらは、「グレート・ウェーブ」と称され、世界中が驚嘆した名作です。

葛飾北斎『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』すみだ北斎美術館蔵。波を追っていく目線の先に富士山が配されており、視線を誘導していく作品。自然の雄大さと舟にしがみつく人間の対比、動的な波と静的な富士山の対比が特徴的。ローアングルで、水平線に近い位置に視座がある構図には、西洋画から学んだ「遠近法」の影響もうかがえる。東京湾の中をゆく舟は、こぎ手が多い当時の快速船。むしろの下に鮮魚などを載せて江戸に運んでいる途中なのか……。

葛飾北斎『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』すみだ北斎美術館蔵。波を追っていく目線の先に富士山が配されており、視線を誘導していく作品。自然の雄大さと舟にしがみつく人間の対比、動的な波と静的な富士山の対比が特徴的。ローアングルで、水平線に近い位置に視座がある構図には、西洋画から学んだ「遠近法」の影響もうかがえる。海は現在の東京湾で、その中をゆく舟は、こぎ手が多い当時の快速船。むしろの下に鮮魚などを載せて江戸に運んでいる途中なのか……。

 

こちらは「茂木本家美術館の北斎名品展」で10月8日~11月4日の期間に展示される『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』茂木本家美術館蔵。上で紹介した、すみだ北斎美術館蔵の同図に比べて、波の青色が明るく、空は灰色に近い。さまざまな摺りの違いを楽しめるのも北斎作品の魅力だ。

こちらは「茂木本家美術館の北斎名品展」で10月8日~11月4日の期間に展示される『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』茂木本家美術館蔵。上で紹介した、すみだ北斎美術館蔵の同図に比べて、波の青色が明るく、空は灰色に近い。さまざまな摺りの違いを楽しめるのも北斎作品の魅力だ。

さて、まず目を引くのは、まるで触手のような波。躍るような波飛沫です。この波は、いったい、どうやって生まれたのでしょうか。

すみだ北斎美術館・主任学芸員の奥田敦子さんは、北斎の波の由来を、こう推察します。

「北斎は40代の頃に、『おしをくりはとうつうせんのづ』『賀奈川沖本杢之図』など、波を描いた西洋風の風景版画をいくつか残しています。

一方、当時の北斎は、江戸で一番と評判の読本挿絵の絵師でもありました。曲亭馬琴などの戯作者が執筆した読本の挿絵を描くなかで、南蘋派(なんぴんは※)などの風景表現を研究し、迫力ある波の表現を生み出していった可能性があります。

北斎は、読者を愉しませようという気持ちの強いエンターテイナーでした。現代の漫画家と同じように、ヒーローが大活躍する物語を盛り上げるために、洋風作品を研究し、迫力ある波の表現を生み出していったのではないでしょうか」

【※注/「南蘋派」:享保年間(1716~36)に長崎に渡来した清の画家、沈南蘋の影響を受け、花鳥画を主とした流派。】

画集をめくって奥田さんが見せてくれたのが、18世紀に長崎・京都で流行し、伊藤若冲などにも影響を与えたとされる清の画家・沈南蘋の作品。波の描き方は鉤爪のようで、北斎の波によく似ています。

つづいて、司馬江漢の洋風画『相州鎌倉 七里浜図』(神戸市立博物館蔵)を見ると、低い水平線と富士山の構図が『神奈川沖浪裏』を彷彿させます。江戸の愛宕神社・絵馬堂に掛かっていたというこの絵を、北斎は、もしかすると見ていたのではないでしょうか。

西洋から伝わった遠近法と、ベロ藍(プルシアンブルー)。くわえて読本挿絵師として鍛えた研究力と表現技術。そうした蓄積を結晶させて、北斎は、70代前半に至り、傑作『神奈川沖浪裏』を描いたのでした。

すみだ北斎美術館・主任学芸員の奥田敦子さん。同美術館では11月4日(祝)まで、『北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展』を開催中。

すみだ北斎美術館・主任学芸員の奥田敦子さん。同美術館では11月4日(月・振替休日)まで、「北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展」を開催中。

■北斎没後170年記念 茂木本家美術館の北斎名品展

【会期】2019年9月10日(火)~11月4日(月・振替休日)
※前後期で一部展示替えあり
【開館時間】9時30分~17時30分(入館は17時まで)
【休館日】10月7日、15日、21日、28日
【会場】すみだ北斎美術館(東京都墨田区亀沢2-7-2)
【交通アクセス】都営地下鉄大江戸線両国駅より徒歩5分
【公式HP】https://hokusai-museum.jp/mogihonke
【問い合わせ先】電話:03・6658・8936

すみだ北斎美術館

(撮影/尾鷲陽介)

■『サライ』11月号付録は「北斎スケジュール手帳」です!

そんな北斎の波が、『サライ』特製の「北斎スケジュール手帳」になりました。

『サライ』11月号の特別付録「サライ特製 北斎スケジュール手帳」。表紙には来春から日本のパスポートにも採用される北斎の“波”を刻印した。

『サライ』11月号(10月9日発売)の特別付録「サライ特製 北斎スケジュール手帳」。表紙には来春から日本のパスポートにも採用される北斎の“波”を刻印。

 

表紙・裏表紙を開くと、北斎の名作『神奈川沖浪裏』と『凱風快晴』が現れる(いずれもすみだ北斎美術館蔵/部分)。

表紙・裏表紙を開くと、北斎の名作『神奈川沖浪裏』と『凱風快晴』が現れる(いずれもすみだ北斎美術館蔵/部分)。

表紙・裏表紙を開くと、北斎の名作『神奈川沖浪裏』と『凱風快晴』が現れる(いずれもすみだ北斎美術館蔵/部分)。

 

予定を書き込みやすい見開き1か月の月別カレンダーのほか、「暮らしのマナー備忘帖」や、方眼メモ欄(19ページ)を収録。

予定を書き込みやすい見開き1か月の月別カレンダーのほか、「暮らしのマナー備忘帖」や、方眼メモ欄(19ページ)を収録。

予定を書き込みやすい見開き1か月の月別カレンダーのほか、「暮らしのマナー備忘帖」や、方眼メモ欄(19ページ)を収録。

「グレート・ウェーブ」とよばれ、世界中が驚嘆した「北斎の波」は、いまもなお新鮮で、躍動感にあふれています。そんな波をポケットに入れて、新しい年の計画を立てていただければ幸いです。皆様の2020年が、よき日々になりますように!

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