取材・文/坂口鈴香

親の終の棲家をどう選ぶ?| 有料老人ホーム、倒産したのに前払い金が戻らない⁉

先日、有料老人ホームを運営していた「未来設計」が経営破たんした。介護施設としては過去最大規模の負債総額だという。

東京商工リサーチの発表によると、2018年の老人福祉・介護事業の倒産件数は106件。7年ぶりに前年を下回ったものの、過去3番目の多さである。そのうち有料老人ホームの倒産は14件で、前年の6件から2倍以上増加しているのだ。

「終の棲家」と決め、数百万円から数千万円にもなる前払い金を払って入居したのに、今さら新しいホームを見つける資金も体力もない、という悲鳴が聞こえてきそうだ。終の棲家の倒産による経済的・精神的ダメージは計り知れない。

さらに報道によると、未来設計では、前払い金の償却期間前に途中退居した人に、本来返還されるはずの前払い金が返還されていないという。ちなみに未来設計の前払い金は、240万円から1660万円だ。

まず有料老人ホームに入居するときに必要な「前払い金」、それから「償却期間」「返還金」とはどんなものなのか、復習しておこう。

◆前払い金とは何か

「前払い金」とは、終身にわたって居住することを前提に一括で支払う家賃で、その内訳は

(1)想定居住期間における家賃
(2)想定居住期間を超えた期間に備えた家賃(将来の家賃負担)

から構成される。

想定居住期間とは、これから入居し続ける平均的な期間としてホームがそれぞれ定めている。想定居住期間を超えた後の家賃等については、生存率等に応じて額が決まるため、徐々に金額が安くなる。

支払い方法には「全額前払い方式」「月払い方式」「一部前払い・一部月払い方式」、そしてこれらのうちどれかを選択できる「選択方式」がある。

全額前払い方式の場合、前払い金は100万円以下から数億円までと幅が大きい。前払い金は毎月償却されるが、想定居住期間(=償却期間)が終了しても追加家賃は不要で住み続けることができる。

◆途中で退居した場合、前払い金はどれくらい返ってくる?

前払い金には初期償却と償却期間がホームごとに決められている。初期償却とは、前払い金のうち返還されない部分のことで、前払い金の15~30%程度(入居時自立の場合15%前後、介護型の場合20~30%。初期償却が0%というホームもある)が目安だ。

前払い金から初期償却を差し引いた金額は、ホームの決めた一定期間(=償却期間)で償却され、償却期間内に退居(または死亡)した場合は入居期間に応じた金額が返還される。償却期間は、介護型の場合は5年前後、入居時自立型の場合は10年前後というのが目安だ。

償却期間後に退居した場合、前払い金は戻ってこないが、償却期間内に入居者が途中退居した場合には、未償却分が返還される。

償却は月単位となるので、返還金の計算式は以下のようになる。

返還金=前払い金―(前払い金×初期償却率)―(月次償却額※1×経過月数)
※1 月次償却額=〔前払い金×(1-初期償却率)〕÷償却月数

この条件で、2年6か月で退居した場合

500万円―(500万円×20%)―〔(500万円×80%)÷60か月×30か月〕=200万円

となり、200万円が返還されることになる。

なお、そのホームが合わず、すぐに退居した場合はこの計算式は適用されない。契約から90日以内に解約した場合、クーリングオフが適用され前払い金は全額返還される。ただし、入居していた間の家賃や水光熱費、食費などは支払わなければならない。

◆有料老人ホームが倒産したときに、入居者を守る「前払い金の保全措置」とは

2006年4月1日以降に設置された有料老人ホームは、社団法人全国有料老人ホーム協会の入居者生活保証制度に加入し、上限500万円の保全をすることが義務付けられている。万一倒産などとなり、入居者が退居せざるを得なくなって入居契約を解除した場合は、償却期間終了後でも保証金として200万円から500万円が支払われるというものだ。

◆なぜ未来設計は、前払い金が返ってこない恐れがあるのか

未来設計も、社団法人全国有料老人ホーム協会の入居者生活保証制度に加入しており、保全措置が取られている。今回の倒産により、前払い金の保全措置が適用されれば、保証金が支払われるはずではないか? という疑問が起こる。ところが、そうではないというのだ。

そこで、前払い金の保全措置が適用される条件をもう一度確認してみよう。

保全措置が適用される条件は2つある。それが

(1)その有料老人ホームが倒産すること
(2)入居者全員が退居すること

なのだ。

未来設計の場合、(1)には当てはまるものの、未来設計を買収した創生事業団によりホームの運営は継続されているので、入居者全員が退居するという(2)には当てはまらない。もし、創生事業団がホーム運営事業を清算し、入居者全員が退居することになれば保全措置が適用されることになるが、このままホームの運営が続けられれば、保全措置は適用されないということなのだ。

それどころか、再建の過程で、入居者が新たな負担を求められたり、返還金が減額されたりする可能性も考えられる。「創生事業団に買収されたから安心。退居しないで済んでよかった」と喜べる状況ではないのだ。となると、経営状況が厳しい有料老人ホームを見抜く目を養うことはますます重要になってくる。

◆家族は経営が危ない有料老人ホームを見抜けるか

未来設計に限って考えれば、入居を検討する人や家族が、入居前に経営状況を見抜くことは難しかっただろう。債権者である銀行でさえも、粉飾決算を見抜くことができなかったほどなのだ。

その『有料老人ホーム』の職員は信頼できる?」で検証したように、重要事項説明書でも、未来設計の職員体制に大きな問題は見当たらなかった。

強いて言えば、看護師が24時間常駐していると謳っているホームにしては、前払い金や月額料金がずいぶん安価だなと感じたくらいだ。ホームページによると、「未来倶楽部江戸川」の場合、前払い金450万円で月額料金25万円ほど、「未来倶楽部東浦和」「未来倶楽部幕張」の場合、前払い金約600万円で月額料金15~16万円ほどとなっている。通常、看護師が24時間常駐する有料老人ホームは人件費がかさむため、料金設定は高めである場合が多く、「この料金でよくやっていけるな」とは思った。現場にひずみが生じていた可能性もあるので、こういう違和感は大事にした方がよい。とはいえ、サービスの手厚さと料金の安さは入居者にとってはありがたいこと。「未来倶楽部」のウリになっていたに違いない。

となると、家族がホームの倒産リスクを回避するには、運営母体の事業実績を確認することくらいしかできないだろう。介護事業で長い歴史を持っていたり、本業で信用できる事業展開をしていたりすれば、倒産の心配は少ないというところだ。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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