一生飲んでもその病気は「治らない」
「血圧、高めですね。お薬を出しておきましょう」と言われ、処方箋を持って薬局へ。薬剤師が薬を「忘れずに飲みましょう」と注意事項を説明しながら手渡してくれます。そしてひとこと。「一生のおつきあいですよ」。
これの意味することを、考えてみたことがありますか? 一生つきあうということは、飲みつづけても高血圧は治癒しないことを意味します。つまり降圧剤とは、高血圧を治す薬ではありません。降圧剤は基準値に近づけるため、血圧の数値を整えるに過ぎません。これは降圧剤に限りませんが、ほとんどの薬は対症薬なのです。
降圧剤を飲んでいる間は、血圧は下がるでしょう。しかし、飲むのを止めれば、また上がります。降圧剤を処方されたらそれを飲んで安心してしまってはダメ。食生活を見直すなり運動不足を解消するなり、血圧が上がった要因を潰していかないと、一生のおつきあいになってしまいます。
飲んでいる間は血管を広げるARB
最近の降圧剤の主な種類と作用を説明します。
(1)ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)
血圧を上げる働きをするアンジオテンシンIIという物質の生成を防ぎ、血管を広げて血圧を下げる。
(2)ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)
上のACE阻害薬と同様、アンジオテンシンIIの生成を防ぐ薬だが、防ぎ方が異なる。ARBはアンジオテンシンIIが受容体に結合するのを妨げて、血管を拡張させ、血圧を下げる。
(3)カルシウム拮抗薬
カルシウムイオンが細胞内に流れ込むのを抑える薬です。血管を広げ、血圧を下げる。
(4)利尿薬
腎臓の塩分と水分を体外に排出する働きを促進する。
今、いちばんポピュラーな降圧剤は(2)のARBです。2000年ごろから使われている比較的新しい薬で、多くの医師が第一選択薬として処方しています。新しいお薬ですから、お値段も高めです。
この薬で血圧が思うように下がらなかった場合、「もうひとつ、お薬を出しておきましょうか」と、追加処方されることが多いです。ARBにカルシウム拮抗薬、さらには利尿薬と。日本は多剤処方する医師が多く、近年ポリファーマシー(多剤処方)が関心を集めるようになってきました。薬にはメリットもあればデメリットもあります。服用する薬の数は少ないに越したことはありません。
しかし、医師から「もうひとつ、お薬を……」と言われたら?
黙ってもらう人がほとんどでしょう。そして2つも3つも飲みきれないと飲まなかったり。引き出しにため込んだり……。薬とのつきあい方として、やってはいけないパターンです。
では、患者はどんな対応をすればいいでしょうか? ひとつは、「降圧剤にもいろいろあると聞いていますが、ほかの薬に替えられませんか?」と聞いてみることです。「薬の種類、増やしたくないのですが……」と率直に言ってもいいでしょう。
降圧剤の種類はたくさんあります。薬と人にも相性というものがあります。数ある薬の中から自分に合った薬を選んでもらってください。
その最高血圧値、本当に下げる必要があるか?
ところで「高血圧」の診断基準はここ20年で大きく引き下げられているのをご存知でしょうか? 現在のガイドラインでは、75歳未満なら、上は140mmHg以上、下は90mmHg以上で「高血圧」と診断されます。しかしこの基準は2014年に設定されたもので、それ以前はもっと高い値でした。
高血圧の基準値の“変遷”をザッと見てみましょう。
●1999年まで:(70歳未満)最大160未満/最少95未満 (70歳以上)180未満/100未満
●2000年改定:(60歳未満)130未満/85未満 (60〜69歳)140未満/90未満 (70〜79歳)150未満/90未満 (80歳以上)160未満/90未満
●2014年改定:(75歳未満)140未満/90未満 (75歳以上)150未満/90未満
*厳密にはもっと細かい改定がありますが割愛します。(単位はmmHG)
血圧を下げることには、実はリスクも伴います。降圧剤で血管を広げれば、血圧は下がります。しかし血圧が下がるということは、血流の勢いが下がるということです。血液が身体の隅々まで行き渡らなくなるリスクが生じます。血流が悪くなれば肩が凝ったり、だるくなったり、頭がボーッとしたり。さまざまな症状が出て来ます。
近年、降圧剤の副作用として脳に十分な血液が行き渡らないことによる認知症やうつ状態の促進、脳の血管が詰まる脳梗塞を引き起こすリスクが指摘されています。
私は人それぞれに「ちょうどいい血圧」があると思っています。自分が健康に暮らしている時の血圧が、自分にとっての正常値なのではないでしょうか。血圧計は病院の待合室やスポーツジムなどにも置かれていますので、気がついたときに計測しておくといいかもしれませんね。
構成・文/佐藤恵菜
宇多川久美子(うだがわ・くみこ)
薬剤師、栄養学博士。一般社団法人国際感食協会理事長。健康オンラインサロン「豆の木クラブ」主宰。薬剤師として医療現場に立つ中で、薬の処方や飲み方に疑問を感じ、「薬を使わない薬剤師」をめざす。薬漬けだった自らも健康を取り戻した。現在は、栄養学や運動生理学の知識も生かし、感じて食べる「感食」、楽しく歩く「ハッピーウォーク」を中心に薬に頼らない健康法をイベントや講座で多くの人に伝えている。近著に『薬は減らせる!』(青春出版社)。