文/山本益博
レストランに出かけ、席につくと、まず聞かれるのが「お飲み物は何にいたします?」ですね。
通常、アペリティフと称する食前酒のことなのですが、お酒の弱い人や、ランチではワインは要らないという方も多くいらっしゃいます。食前酒を頼んでも、お断りしても、今度は「お水はガス入り、ガスなし?」などと、選択肢がミネラルウォーターしかないようなお訊ねがあります。
そんなとき、私はどうするか?
先日、ニューヨークへ出掛けてきましたが、最高級の3つ星を含め、どこのレストランでも「ニューヨークウォーター、プリーズ!」で通じました。つまり、水道水。今、ニューヨークではこのタップウオーターが流行っています。ミネラルウオーターはわざわざボトルに詰め、ガソリンを撒き散らす車で運んだもので、エコロジーに反するというわけです。
パリではどう言うか? 昔は「シャトークリスタル」などと洒落て言ってました。
先年、パリの1つ星『Cobea』の昼食で「アペリティフ」を訊ねられたときのことです。私はとっさに洒落て「ドンペリエ、お願いいたします」と答えると、「え?お客さま、今なんとおっしゃいました?」。私は改めてゆっくりと「ドン・ペリエ、シルヴープレ!」。
シャンパンの最高級銘柄「ドン・ペリニョン」と間違えられては大変ですから。サービスは笑いながら「ウイ・ダコ(かしこまりました)」と返事をし、そのあとすぐにうやうやしく、しかしにこやかに炭酸水の「ペリエ」を持ってきたのでした。食前の水でこれだけ店のかたとコミュニケーションが取れればしめたもの。あとは、とても快適なもてなしを受けました。
東京では、数年前からこう答えております。「ヒネルトウォーターはありませんか?」
あるイタリア料理店では若いサービススタッフが、一瞬戸惑った末「当店では、ご用意しておりません」と答えて下さった。すぐに、私が手首を捻る格好をしたので、笑って納得してくれたのですが、家内に「若い人をからかうもんじゃありません」と叱られました。
東京を離れて地方へ出掛けたときは、必ず土地の水を注文します。ビックリするほど、美味しい水に出会うことしきりです。
文/山本益博
料理評論家・落語評論家。1948年、東京生まれ。大学の卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としての仕事をスタート。TV「花王名人劇場」(関西テレビ系列)のプロデューサーを務めた後、料理中心の評論活動に入る。
イラスト/石野てん子