取材・文/沢木文
親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。
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「毒親」という言葉をよく見かける。これは、1989年に米国の医療コンサルタントであるスーザン・フォワードが作った言葉だ。著書『毒になる親 一生苦しむ子供』(講談社+α文庫)を読むと、毒親の意味とは「子の人生を支配し、害をもたらす親」であることがわかる。
実里さん(64歳)は、「毒親だけでなく、“毒きょうだい”もいる。私たち夫婦は、毒きょうだいのせいで、老後破綻のみならず、熟年離婚の危機を迎えています」と語る。
夫が10歳のときに、家庭教師と家を出てしまった母親
実里さんは、会社経営をしている夫(66歳)と東京都の市部に住んでいる。ふたりの間には、34歳と32歳の娘がおり、2人とも結婚はしていない。
実里さんは、東京の下町エリアで生まれ育ち、「困ったときはお互いさま」と助け合う大人の姿を見ながら育ってきたという。
「結婚するまで住んでいたエリアは、助けられた人は感謝の念を持っていました。“ここでご恩を受けたから、今度はどこかでお返ししよう”という考え方が広がっていたのです。相手の負担になることを基本的に辞退することが普通でした」
今の街に引っ越したのは、30年前。下の娘が生まれたことを機に、一戸建ての購入を検討。新宿から電車で40分程度のところに、持ち家を購入した。
「広さを重視し、駅から遠いのですが、理想の家を建てられました。とても満足しており、家時間が長くなったので、支出も減りました。私たち夫婦は、浮いたお金でマンション投資を始め、今駅前に3室持っています」
マンション投資とは、購入した物件の家賃を返済に充てるのが定石だ。空室になったり、家賃を滞納されたりすると、困るのは大家だ。幸いにして、実里さん夫婦は人気物件を購入したため、常に部屋は埋まっており、投資成績は良好だという。
「それが一転したのは4年前です。夫の母が連絡してきたのです。この義母は、夫が10歳のときに家を飛び出しています。当時の夫の家庭教師の大学生と恋仲になったのです。夫は心に傷を負い、母親がいない寂しさを抱えて生きてきました。今でも夜寝る前に、私の手を握るんです。それほど夫を傷つけた女が、“困ったから助けてほしい”と来たんです」
母親の姿を見るまで、夫は「俺の母親は男に逃げた鬼だ」「色に惑わされたバカ女だ」などと、悪口の限りを尽くしていた。それに対して、夫の父親(故人)は、「あれはあれで、優しい人だったんだ。優しいから流されてしまったんだよ」などとなだめていたという。
「捨てられたとはいえ、自分の母親を“あのクソ女”と呼ぶのは驚きました。夫は父と祖母に育てられたから、私や娘たちに可能な限りの愛を尽くしてくれました」
経済的にも豊かで、2人の娘は海外の大学に進学し、大手企業に勤務している。夫の会社も順調に仕事を増やしている。心配は何もなかった。
【母親への思慕、玄関で泣き崩れる夫……次のページに続きます】