取材・文/藤田麻希
真言宗御室派(おむろは)の総本山である仁和寺(にんなじ)は、遅咲きの御室桜の花見で賑わう京都の古刹です。宇多天皇が仁和4年(888)に創建して以来、歴代天皇の信仰を集め、多くの絵画、書、彫刻、工芸品が伝わっています。
その仁和寺を中心とする全国約790箇寺の「御室派」寺院の寺宝が一堂に会する特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」が、東京国立博物館で開催されています(~2018年3月11日)。
出展品の中でもぜひ注目していただきたいのが、展覧会史上、初めて30帖が揃って展示される国宝『三十帖冊子』です(1月30日以降は2帖ずつ展示)。これは、かの弘法大師・空海が遣唐使として中国・唐に留学したときに、現地で写し、日本に持ち帰ったという経典類です。
15cm×15cm程度の小さな冊子が、空海のほか、現地の写経生(お経を写す専門家)など、約20名の字でびっしりと埋め尽くされています。巻物状に仕立てるのではなく、小さな冊子状にしていることから、空海が携帯し、自らのそばに置いていたと考えられています。
東京国立博物館150年史編纂室長の恵美千鶴子さんに、空海の書の魅力を伺いました。
「『三十帖冊子』の字は、空海の他の書に比べると小さいため、本当に空海の書なのかと疑問に思う方もいらっしゃると思います。しかし、一字一字を拡大してみますと、小さい筆の穂先を自在に使いこなして、自分の書を書いていることがよくわかります。他の写経生が書いたものとくらべますと、より違いが感じられます。
空海が持ってきたからこそ日本に伝わったという内容も含まれ、真言密教で本当に大切なものとして伝わってきた冊子です。そういった歴史の重みも含めながら、じっくりご覧いただいて、空海のすごさを感じていただければと思います」
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また本展には、普段は厨子などの中に納められ拝観することができない秘仏も多く集まっています。
大阪・道明寺の本尊、十一面観音立像(国宝)は、お寺では毎月18日と25日にだけ開扉される仏様。インドや中国で白檀などの香木を材料に、無彩色で仕上げられた仏像を檀像といいますが、それらを意識して日本で採れる榧材で造像されたものです。
引き締まった身体、弾力を感じさせる頬、幾重にも重なった柔らかそうな衣などの質感の描写が見事です。
そして大阪・葛井寺(ふじいでら)の秘仏・千手観音菩薩坐像(国宝)は、寺では毎月18日にのみ開扉される秘仏です(展覧会での展示期間は2月14日~3月11日)。東京での公開は、なんと江戸時代の出開帳以来のことになります。
千手観音(千手千眼観自在菩薩)は、1000の眼でどんな人の願いも見落とさず、1000の手であらゆる手段を尽くして人々を救う仏様。通常、脇手は40本に省略されることが多いのですが、葛井寺の像は大小1039本の脇手を持ち、それぞれに眼が描かれています。このように実際に1000の手と眼のある千手観音は非常に珍しいです。
また、異形の姿であるはずなのに、巧みな構成力から自然に見えてくるから不思議です。
ほかにも、寺でもほどんど公開されない徳島県・雲辺寺の千手観音菩薩坐像(重要文化財)、33年に一度しか拝することができない福井・中山寺の馬頭観音菩薩坐像(重要文化財)、一年に一度だけ開扉する兵庫・神呪寺の如意輪観音菩薩坐像(重要文化財)などが、上野に集まっています。
通常、そのために時間を合わせて寺に出かけない限りは、目にすることが叶わない仏像たちばかりです。貴重な機会を逃さないよう、お気をつけください。
【特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」】
■会期/2018年1月16日(火)~3月11日(日)
*会期中に展示替があります
■会場:東京国立博物館 平成館
■住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
■電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:http://ninnaji2018.com/
■開室時間:午前9時30分~午後5時
*毎週金・土曜日は、午後9時まで
*入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜日
*ただし2月12日(月・休)は開館、2月13日(火)は休館
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』
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