取材・文/藤田麻希
京都上京区にある大報恩寺は、鎌倉時代の前期、承久二年(1220)に義空上人が開創したお寺です。平安京のメインストリートであった千本通がそばにある、釈迦如来を本尊とするお寺ということで「千本釈迦堂」の名前で親しまれています。鎌倉時代に建てられた本堂は、応仁の乱の戦火を免れた貴重な建物で、洛中最古の木造建造物として国宝に指定されています。そのため、京都市内にはあまり残されていない、鎌倉時代の仏像が多く安置されています。
そんな大報恩寺の寺宝が現在、東京国立博物館に揃ってやってきています。同館主任研究員の皿井舞さんは次のように説明します。
「昨年の運慶展に引き続き、慶派仏師祭第二弾といってもいい展覧会です。関東では大報恩寺の知名度はそれほどありませんので、皆さん近くの北野天満宮まではいらっしゃるのですが、大報恩寺までは足をのばしてくださらない。ということで、今回の展覧会で大報恩寺の魅力をご紹介したく考えています。京都のお寺で鎌倉時代の彫刻の名作がバリエーション豊かに残っているお寺というのは、多くはありません。展示点数はさほど多くはありませんが、慶派仏師の魅力がぎゅっとつまった内容の濃い展覧会となっています」
本尊の釈迦如来坐像は、お寺では厨子の扉を閉めた状態で安置されている秘仏です。大報恩寺が創建された鎌倉時代前期は、源氏と平氏の内乱や大規模災害などが起こった不安定な時代。そんななか、仏教の原点に立ち返る釈迦信仰が隆盛し、この仏像もつくられました。鎌倉時代を代表する仏師・快慶の一番弟子・行快の作です。丸みを帯びた顔に釣り上がった目、という行快の特徴がよくあらわれており、師の快慶が亡くなったあと、自らの作風を模索していた時期のものと考えられています。
釈迦如来のまわりを取り囲んでいるのが、快慶晩年の作である十大弟子立像です。釈迦の弟子のなかで特に優れた10人を個性豊かにあらわした肖像彫刻です。なかでも、目犍連(もくけんれん)は、快慶の署名が書かれている作者の確かなもの。しかも、この像だけは金泥塗りで、ほかの像とは違う特別なものであったことがうかがえます。一般的に、快慶と同門の運慶はともに写実を追求し、とりわけ、快慶は美麗で理想的な阿弥陀如来などをつくったと言われていますが、この目犍連は、深く刻まれた皺、胸毛、腕に浮かぶ血管、首の筋などから、快慶が老僧をリアルに表現しようとしたことがわかります。
六観音とは、聖観音、千手観音、馬頭観音、十一面観音、准胝観音、如意輪観音のことで、それぞれ、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六道にいる人を救ってくれると言われています。つくったのは、運慶晩年の実力派の弟子・肥後定慶です。やわらかい衣、ハリのある肌、コシのある髪などの質感の違いを、木で見事にあらわしています。また、会期後半である現在は、お寺に安置されている状況とは違い、光背をはずした姿を360度、ぐるりと回って見ることができます。仏像は基本的に正面から見られることを意識してつくられていますが、本作は、定慶が持ち前の立体把握能力を発揮し、背後まで気を抜かずに彫っていることがわかります。中世の六観音で、光背や台座まですべてが残っている作例はほかになく、貴重です。
京都観光に訪れても大報恩寺まで足をのばした方は少ないのではないかと思います。秘仏をふくめ、鎌倉時代の魅力的な仏像を堪能できるまたとない機会ですので、ぜひお出かけください。
【特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」】
■会期:2018年10月2日(火)~2018年12月9日(日)
■会場:東京国立博物館 平成館特別第3・4室
■住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
■電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:https://artexhibition.jp/kaikei-jokei2018/
■開館時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、会期中の金曜・土曜は21:00まで開館)
■休館日:月曜日
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』