文・写真/鈴木拓也

ふつうは42本の手がある千手観音像だが、文字どおり千の手を備えた千手観音像が祀られるお寺が大阪にある。今回は、その像が安置されている葛井寺(ふじいでら)を訪れた。

*  *  *

葛井寺の始まりは、百済からの渡来者王仁氏の子孫王味沙が白猪連と改姓し、さらに葛井と改姓した養老年間の8世紀と伝わる。葛井氏は、新たな文化をもたらした実績が買われて、広大な土地が与えられ、その地に寺院を建立した。

しかし、11世紀末には諸堂の荒廃がはなはだしく、これを嘆いた藤井安基が伽藍の修復に尽力し、復興させた。当寺の別名が藤井寺で、地名も藤井寺(市)となっているのは、彼の姓をとったものである。

葛井寺は、戦国期の兵火や地震によって再び荒廃してしまう。西国三十三所の第五番札所として、織田氏や豊臣氏ら諸侯と庶民の信仰篤いことから、諸所修復がなされ、以降も必要が生じるたびに整備されて、今に至っている。

豊臣秀頼建立の四脚門(重文)

葛井寺の境内(奥に見えるのが本尊を祀る本堂)

■「あかん河内の葛井寺」とは?

葛井寺は、「あかん河内の葛井寺」というニックネームめいた別名をもっている。これには、伽藍を復興した藤井安基が関係している。

安基は、今の奈良から河内の地域一帯で「暴れまくるどうしようもない嫌われ者」であったが、ある日神仏の罰か地獄に落とされ、これまでの悪行を反省する日々を送ることになる。そうするうちに千手観音が現れて、「世のため、人のために尽力しなさい」という言葉とともに、境内の井戸のそばに蘇生させられた。安基は改心し、修復に努力を傾けたのは、先述したとおり。

以来、安基のような「あかん奴」でも助けてくれると信仰され、さらには医者や神仏にも見離されてしまった「あかん時」でも救ってくれるありがたいお寺という事で、「あかん河内の葛井寺」と皆に親しまれるようになった。

ちなみに、安基が蘇生した井戸は、弘法大師お手掘りの井戸で、今も境内にある。地獄から戻った安基が、井戸の水を口に含むと目は輝き、身体に力がみなぎったとのことで、眼病に効く水として有名になった。

弘法大師お手掘り井戸

■秘仏の十一面千手千眼観世音菩薩坐像

葛井寺の本尊は、『十一面千手千眼観世音菩薩坐像』である。春日仏師親子が造立し、725年に聖武天皇の臨席のもと、行基菩薩が開眼した日本最古の千手観音像として知られる。大半の千手観音像は42本の手を持つが、葛井寺の座像は文字通り1000本(正確には1041本)の手を有し、各掌には眼が描かれた不世出の力作であり、国宝に指定されている。

国宝「千手観音菩薩坐像」奈良時代・8世紀 大阪・葛井寺蔵

この千手観音像に関係して、次のような話が伝わっている。

時は平安の頃、藤が満開の時期に同寺を参拝した花山法皇(968~1008)が、本尊の千手観音像の前で「参るより頼みをかくる葛井寺」と上の句を詠じられると、本尊の観音様がそれに感応され、紫の雲の如くに咲き誇る自由悠遊な藤の花に合わせて、眉間からゆらりゆらりと紫の雲がたなびき出た。

雲が聖武天皇寄贈の石灯篭まで届くのを見た花山法皇は、すばやく下の句「花のうてなに紫の雲」とご詠歌を奉納したとされている。ご詠歌には、「お参りし、お願いをする事で、観音様に通じ願いがかなえられる」という意味が込められている。葛井寺の山号が「紫雲山」と言うのは、この神秘的な故事にちなんでいる。そして今も境内にはたくさんの藤棚がある。

そんなエピソードを知った上で、毎月1回(18日)の本尊開帳日には、ぜひとも参拝したお寺である。

【葛井寺】
■住所:大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21
■通常の拝観時間:8:00~17:00
■本堂の拝観・本尊御開帳時間:毎月18日の9:00~16:30(拝観料金:500円)
■電話:072-938-0005
■ファクス:072-952-1111
■公式サイト:http://www.fujiidera-temple.or.jp/
■アクセス:近鉄南大阪線「藤井寺」下車徒歩数分

文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。

※葛井寺蔵『十一面千手千眼観世音菩薩坐像』(国宝)は、2018年1月16日(火)~3月11日(日)に東京国立博物館 平成館(上野公園)で開催される特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」に出陳されます。展示期間は2018年2月14日~3月11日となります。

 

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