文/中村康宏
「お金」と「健康」といえば、サライ世代の多くの人が気にかけている問題ではないでしょうか。この両者、実は切っても切り離せない関係にあることが最近の研究で明らかとなりました。
そしてまた「お金」と「健康」には意外にも共通する考え方が根底にあります。その共通性から導き出したある健康観を持つことが、本当の「予防」につながると考えられます。
そこで、今回はお金と健康にまつわる衝撃の事実と、そこから導き出される「正しい健康長寿の秘訣」についてご紹介します。
衝撃!お金持ちは長生きするという事実
2016年、アメリカ医師会雑誌に紹介された「アメリカ合衆国における収入と平均余命との関連」という論文は、世界に衝撃を与えました(※1)。なぜなら、これまで「お金持ちは長生きする」と感覚的にわかっていても、科学的には証明されていなかったからです。しかし、この論文はその事実を科学的に導き出してしまいました。
同研究によると、40歳平均余命(40歳の人が何歳まで生きるかの平均)でみると、収入が最も少ない側の1%(下位1%)と、収入が最も多い側の1%(上位1%)とで、男性では15年、女性でも10年の寿命格差があったのです。
なぜこんなにも寿命が異なるのでしょうか?
お金持ちが長生きする理由
これはアメリカの論文ですので、お金のない人は健康保険に入れないから寿命が短くなってしまうのだろうと考える人も多いと思います。事実、私を含む多くの医療関係者もそう思っていました。
しかし、この研究結果からは、健康保険加入率や就業率の違いは平均余命に影響を及ぼさないことがわかりました。一方で、平均余命の差は「喫煙」「運動」「肥満」といった健康行動と関連していることが判明したのです。
健康行動は、個々人の「健康」に対する考え方に大きく左右されます。そこでリスクマネージメントの学問である「経済学」と「医学」とを比較し、その共通点から、どうすれば健康でいられるかについてのヒントを導き出してみましょう。
医学と経済学の共通点その1:
「確率」の学問である
医学と経済学の共通点として「統計の学問」ということが挙げられます。
現在行われている医療は、きちんとしたデータとその解析結果に基づく統計学的なエビデンス(証拠)が最重要視されています。例えば、新しい薬が出た時は、既存の薬と比較してどれくらい効果があるのか、ということが徹底的に研究されます。また、血液検査の異常値は「健康な人から得られた検査結果分布の95%信頼区間」とされています。つまり、5%の人は異常がなくても「異常」と判断されてしまいます。
この誤診する確率をできるだけ低くするために、病院では一つの病気に対して血液検査や超音波、CTなど様々な検査を行うのですね。
医学と経済学の共通点その2:
お金も病気も「複利」で増える
「複利」とは元本と利息を合計してさらに利息をかけて資産を増やしていくやり方です。実は、「年齢を重ねると病気になりやすくなること」と「資産が増える原理」は同じなのです。
日本人の死因の実に80%が慢性疾患(生活習慣病)であり、その原因として長年のAGEの蓄積、酸化ストレスの暴露、慢性炎症によるダメージ、異常DNAの蓄積、などが挙げられます(※2)。
これらは、症状・病気を引き起こさないような小さなダメージですが、長期間かけて体に蓄積され、年齢を重ねると急に目に見える病気として現れるのです。それはまさに、資産が増える原理である「複利グラフ」と同じですね。
医学と経済学の共通点その3:
基本的な考えは「リスクマネージメント」
「リスクマネージメント」とは危険を完全に回避することはできませんが、どうすれば最善のリスク軽減対策が得られるか、を考えることです。
投資の世界では、利益を上げることもありますが、当然損失を出してしまうこともあります。その際、損失を最小限にするために「リスクヘッジ」を行います。リスクヘッジは簡単に言うと保険をかけることですね。
健康の世界でも同じことが言え、「病気を早く見つける」ということがリスクヘッジに相当します。
ここで注意が必要なのは、リスクヘッジは「マイナスを最小限またはゼロに近づけるためのもの」であり、リスクヘッジにどれだけお金を費やしてもプラスにはならない、ということです。
つまり病気の早期発見・早期治療は大切ですが、蓄積したダメージやリスクを放置し続ける限り、病気になる確率は増え続け、健康寿命は伸びないのです。
早期発見・早期治療は「病気の治療」という観点からは病気の予防になると言えるでしょう。しかし、「健康寿命」を伸ばすためには、病気が発見される前に手を打つことが必要です。蓄積されたダメージは複利運用されて悪循環を起こしますので、そのダメージをいかに蓄積させないか、日頃からケアするか、ということが肝心になってきます。
早期発見・早期治療は「病院目線」であり、健康寿命を伸ばすためには「患者目線」が大切になってきます。予防を考える際、この「視点の違い」を頭に入れておかないといけません。「自分の命は自分で守る」ことを肝に銘じ、病気がない段階から日頃の生活習慣を見直す、体をケアする。こういう健康観を、ぜひ身に付けていただきたいです。
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以上、今回はお金と健康の関係とともに、医学と経済学の共通点から導く「正しい健康観」を解説しました。普段から「確率」「複利」「リスクマネージメント」をしっかり実践している富裕層が、結果的に健康面でも優位性があるというのは、理に適っているのではないでしょうか。
医療情報が溢れている今日において、一番大切なことは「誰目線の情報か」ということです。そして、いくら早期発見・早期治療できるからといって、病気になってからでは遅いということを肝に銘じ、「健康的な生活」に投資することを厭わないでください。
投資といっても、お金を使うことだけではありません。新鮮なものを食べる、ファストフードは控える、不規則な時間に食事を取らないようにする……そういう当たり前のことが、健康寿命を伸ばすための「投資」とも言えるのです。
【参考文献】
※1.JAMA 2016; 315: 1750-66
※2.JAMA 2007; 297: 842‒57
文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」を開院。未病治療・健康増進のための医療を提供している。