文/鈴木隆祐

早稲田生に愛されてきたワセメシの代表選手『メルシー』のラーメン

早稲田大学のお膝元にある食堂の数々は、癖になるメニューを提供する個性的な店が多い。それらはいつしか「ワセメシ」と呼ばれるようになったが、2015年には大盛りの肉丼が看板の『ライフ』、16年にはカルボナーラが縮んだ、通称カルボ(と言いながら、炒めたパスタ)が売りだった『キッチンエルム』が、それぞれ51年間、34年間にも渡る営業を終えた。

そのニュースはOBたちに即座に伝わり、閉店が近づくに連れ殺到する客で行列もでき、新聞等でも報道されたが、昨年暮れにも、早大正門に近い『西北亭』がやはり半世紀ものる歴史に終止符を打った。ノスタルジックな中華そばやレバニラがおいしく、にんにく&ニラ入りのチャイナチャーハンも人気メニューだった。

むろんまだまだ界隈には、カツ丼発祥の店とされる江戸後期創業の『三朝庵』(カレー南蛮でも有名)、1905年創業とその次に古い歴史を持つ喫茶洋食の『高田牧舎』(最近になってイタリアンに転じた)、それらには敵わないが、63年創業と古株の洋食の『キッチンミキ』、文字通り牛めし・カツライス・カレーライスの三品を主に提供する、65年創業の『三品食堂』、建物建て替えのためしばらく休業していた『ワセダ菜館』、その他にも『キッチン南海』や『いもや』といった暖簾分け店の古参がひしめいている。

それらの多くは大学だけでなく、附属校生や出身者にも愛されてきた。ぼくの父も早大出身だが、『三朝庵』には、飲み助の友人にバイト代が入るとそのお供で、牧舎には、指導教授に誘われてはゼミ単位で何度か行ったそう。要は奢ってもらっていたのだ。

去年の春先、その父と早大演劇博物館に行った。開催されていた落語展に合わせ、特別に行われた寄席を見物したのだ。そして、事前の腹ごしらえにと連れて行ったのが、ワセメシの筆頭格の『メルシー』。

目の前には早稲田中学高校があり、卒業生から中学時代から食べたと聞いては、羨ましく思ったものだ。2001年に国分寺に移転した、早稲田実業のOBたちにとっても、この店のラーメンはきっとソウルフードだろう。しかし、父はきょとんとしている。

「ぼくの学生時分にはなかったな。確実に未来永劫続くだろう唯一のワセメシ? ふーん、そこまで言うんなら……」

『メルシー』の創業は1958年。父の卒業年度は1961年。ギリギリ間に合ってはいるはずだ。名の通り、そもそもは喫茶店だった。ただ、今の早稲田通りからすぐの場所に移ったのは1970年で、当時は本キャンパス南門近辺にあり、父が通っていた戸山の文学部からも遠いので、知らなかったのだろう。ラーメンは当初から出したという。その当時の価格、なんと33円!

ちょっと怪訝な顔をしながらも、父は店内に入ると、「へー、ラーメン屋にしては洒落てるね。天井も高くて、落ち着く空間取りだ」と上機嫌。早速「なにがおいしいの?」と訊いてくる。

「そりゃあ、ラーメン屋だからね……。でも、焼き飯類が何気にイケるよ。それがビールの当てになる」

オヤジは世代のせいかチキンライスが大好物なのだ。そこでチキンの代わりに豚コマの入るポークライス(490円)を頼む。

「銀皿とは懐かしいね。あまりケチャップ味がしない。ほとんど炒飯だな。うん、パラッと仕上がっていて旨い」

自家製ラー油をちょっと垂らすと、さらにビールに合うのだ。そうこうするうち、続々と学生も元学生も入ってくる。そして、次々に慣れた調子で呪文のようなオーダーを入れる。「ヤサダイコイカタネギマシ」。不思議そうに耳をそばだてる父に通訳する。「やさいそば大盛り、味濃いめ、麺硬め、ねぎ増量のことだよ」。

そのラーメンは今どき400円だ。メニューを眺めながら、「安いねぇ」と驚く父に、「食べてもっとビックリだよ」とぼく。「コスパが高いんだ」。高血圧の父を慮って、人気のもやしそば(420円)を「ウスメカタネギマシ」とオーダーした。

出てきたラーメンはいつも通り完璧だ。馥郁たる返しと煮干しとモミジの出汁の塩梅が素晴らしく、黄色の中太麺に絶妙に絡む。シャキシャキのもやしがスープにじわじわ馴染んでいく。トッピングのゆで卵とコーンの甘みやまろやかさがまたスープを引き立てる。こんなにもスープが主役のラーメンは珍しい。

「附属生のうちからこんなオツなもんを食いやがって……」と、ぼくは正面の早稲田中高の校舎を見遣るのだった。

【学校データ】
早稲田中学校高等学校

男子校/創立:1895年
住所:東京都新宿区馬場下町62
出身者にサトウハチロー(中退)、古川緑波、永六輔、山花貞夫、梅宮辰夫、山本晋也、川崎徹、久夛良木健、萩原健太、坪内祐三、福澤朗、秦建日子ら。

【店データ】
メルシー
東京都新宿区馬場下町63
営業時間:11:00~19:00
定休日:日・祝

文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。近著に『名門高校 青春グルメ』がある。

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
5月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店