取材・文/藤田麻希

夏休みやお盆休みで旅行に行かれた方は、職場の同僚や親戚などにおみやげを買うのではないでしょうか。おみやげを通してコミュニケーションをとることで、旅先で得た感動を共有することができます。また、もらった側は、まだ見ぬ土地に思いを馳せることもできます。

しかし、このおみやげについて、深く考えたことがある方は少ないかもしれません。じつは、日本におけるおみやげは欧米のそれとは少し違います。英語の“スーベニア”はおみやげと訳されますが、旅の思い出として自分のために購入されるものを指します。それに対して、日本のおみやげは、自分用に買うこともありますが、多くの場合は自分以外の誰かに贈るもの、つまり“贈与”するものを指します。また、移動したことを証明する意味もあり、その土地で作られたものであることが好まれます。

「東都名所・浅草観世音」歌川広重画 和泉屋市兵衛版 1853(嘉永6年)年 国立歴史民俗博物館蔵

そんなおみやげが、一般に定着したのは江戸時代といわれています。参勤交代によって街道が整備され、庶民も伊勢神宮や金刀比羅宮など、寺社詣でに行くという建前で、旅をするようになりました。そして、郷里で待つ家族や近隣の人のために、土地のものを購入して持ち帰るようになったのです。美術品として親しまれている浮世絵も、江戸時代には、安価でかさばらず持ち運びも楽な江戸みやげの代表でした。

「鮭くわえ熊」北海道 1935(昭和10)年 個人蔵

現代のおみやげは食べ物が8割をしめると言っても過言ではありませんが、伝統工芸品や民芸品なども忘れてはなりません。北海道みやげの定番、鮭をくわえる木彫りの熊の置物。玄関のちょっとした棚やテレビの上などに飾っているのを目にした方も多いでしょう。

木彫りの熊の歴史には諸説ありますが、尾張徳川家19代当主で、北海道八雲町の徳川農場主の徳川義親が、大正10年(1921)から翌年にかけて欧州旅行をした際に、スイスで購入したみやげものの木彫りの熊などを持ち帰り、八雲の農民に奨励したことがきっかけで作られるようになったと言われています。

当時、冷害などで農村は苦しい状況にあり、農業ができない冬場の現金収入になればと思い、提案したのでした。義親は熊狩りを趣味にしており、捕獲した子熊を自分の農場で飼い、モデルとして農民に見せたりもしています。やがて旭川でも制作されるようになり、アイヌのイメージとも相まって、北海道全域で作られるようになりました。1960年代から70年代にかけての北海道旅行のブーム時には、漁師をやめて熊を彫る人なども出てきたそうです。

「各種のこけし」国立歴史民俗博物館蔵

東北のおみやげといえば、こけしです。江戸時代の末期に誕生し、温泉地を中心に発達しました。

木地師・ろくろ師と呼ばれる職人たちが、ろくろを引いて、こけしや独楽などの郷土玩具をつくり、湯治客向けに売りました。

大正時代に入るとおもちゃの素材はブリキやセルロイド製に変わり、こけしはだんだんと子供のおもちゃとしてではなく、大人の郷土玩具収集家の鑑賞の対象になっていきました。現在でも、代々受け継がれる伝統的な形と絵付けの「伝統こけし」や、伝統の枠からはみ出し自由な発想でつくられる「創作こけし」、「おみやげこけし」などが東北のみやげもの屋に並んでいます。ちなみに、「こけし」という名称は、昭和15年頃に統一されてからのもので、それ以前は地方ごとに、「でぐのぼう」「きぼっこ」「かっくらぼんぼ」「こけす」「こけしぼんぼ」など、さまざまな名前で呼ばれていました。

「ペナント展示風景」企画展示「ニッポンおみやげ博物誌」より

三角形の布地に地名や名所を表したペナントも、1950年代から80年代前半にかけて、日本観光ブームなかで流行したみやげものです。ペナントは、日本発祥のものではありません。語源は、「ペンノン」という西洋の中世の騎士が馬上で持つ槍の先に付けた小型の三角旗と、「ペンダント」という軍艦のマストにかかげる旗が混合したものだと言われています。アメリカなどでは大学名やスポーツ名などを記した小さな三角形の旗がつくられ、それが明治時代、スポーツの導入とともに日本に輸入され、多くの大学で製造されるようになりました。

当初は大学関連のグッズでしたが、あるとき、山岳部の学生が大学名の入ったペナントを山頂に立てたことをきっかけに、逆に山小屋側が山岳記念のペナントを売るようになり、観光地でもペナントが作られるようになりました。いつしか、竿にくくりつけるための紐がなくなり旗としての機能は失われ、部屋の装飾品として独自の進化を遂げました。

現在、これらのなつかしいおみやげから、最新のおみやげ事情まで、幅広くおみやげについて取り上げる企画展示「ニッポンおみやげ博物誌」が、千葉の国立歴史民俗博物館で開催されています。同館館長の久留島浩さんに見どころを伺いました。

「時代によるおみやげの変化、おみやげにこめられたある種の物語、また、おみやげをコレクトするという行為の持つ意味、そういうさまざまな視点からおみやげを一定の秩序をもって並べると、「あら不思議」という気づきが生まれ、何気なく考えているおみやげのやりとりという行為が、違った顔をして語りかけてくるのではないかと思っています。

皆様方にも、おみやげの物語に耳を傾けていただいて、おみやげを通した奥深い贈与の関係を実感していただき、これからおみやげを選ぶ時に思い出していただければ幸いです」

奥深いおみやげの世界に、ぜひ足を踏み入れてみてください。

【企画展示 ニッポンおみやげ博物誌】
■会期:2018年7月10日(火)~9月17日(月祝)
■会場:国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
■住所:〒285-8502 千葉県佐倉市城内町 117
■電話番号:03-5777-8600(NTTハローダイヤル)
■公式サイト:http://www.rekihaku.ac.jp
■開館時間:9:30〜17:00(入館は閉館の30分前まで)
■休館日:月曜日(休日にあたるときは翌日)

※参考文献
国立歴史民俗博物館『ニッポンおみやげ博物誌』図録 2018年
大石 勇『伝統工芸の創生』吉川弘文館 1994年
写真・在本彌生、文・村岡俊也『熊を彫る人』小学館 2017年
監修・土橋慶三『こけし 伝統の美 みちのくの旅』立風書房 1975年
谷本 研『ペナント・ジャパン』PARCO出版 2004年

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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