取材・文/田中昭三

個人の画家で一番多く国宝に指定されているのは誰か、ご存じだろうか。それは、画聖と仰がれている雪舟(1420~1506?)である。その数、6件もある。

いま京都国立博物館で開館120周年を記念した展覧会『国宝』が開催されている(~ 11月26日まで)。縄文時代から近世までの210件の国宝が一堂に会したスケールの大きな展覧会であるが、本展で画期的なのは、その雪舟の国宝6件が史上初めてひとつの展示室に並んだことだ。

それらの作品を同時に鑑賞すると、雪舟の多彩な筆使いが伝わってくる。さすが画聖。幼少期から画才に恵まれていたに違いない……と思ってしまうが、実は彼の足跡をたどると、“画聖”の意外な一面が見えてくる。

雪舟が“画聖”たり得たのは、おそらくかれが、不器用だったからなのだ。

*  *  *

まずは、日本の水墨画の歴史を簡単にたどっておこう。

中国の唐時代に生まれた水墨画は、宋・元時代になると山水画や花鳥画、人物画などさまざまな分野が確立された。日本に伝わったのは鎌倉時代。禅宗とともに、中国水墨画のすべての分野が同時にやってきた。

当然のことながら、どんな作品でもいいというわけではなく、当時の日本人の感性にあった画家に人気が集まった。その代表が、牧谿(もっけい。生没年不詳)である。

宋時代末期から元時代初期にかけて活躍した禅僧にして画家、いわゆる画僧である。京都の大徳寺に伝わる彼の名品『観音猿鶴図』は、今回の「国宝」展にも出品される。

国宝「観音猿鶴図」(3幅対より猿図)牧谿筆 絹本墨画淡彩、172.4×98.8㎝、中国南宋時代・13世紀、京都・大徳寺蔵、10月31日~11月12日に展示

水墨画ブームは、室町時代にひとつの頂点を迎える。本場中国の名品は主に禅僧たちによって日本にもたらされたが、輸入できる数には限度がある。そこで禅僧たちのなかで絵心のある者が本物を学び、その技法を修得し、中国絵画そっくりの作品を描くようになったが、それにはかなりの才能と力量が必要であった。

そんな画僧の代表が、京都の相国寺で会計を務めていた周文(しゅうぶん、生没年不詳)である。実は雪舟はこの周文に水墨画を学んだ。20歳のころとされている。

周文に水墨画の依頼があるとき、「今度は牧谿風にお願いします」などという注文があったという。誰の作品というより、中国人の誰風というのが重要だったのだ。おそらく雪舟にもそんな注文があったに違いない。後に画聖と仰がれる雪舟のこと。またたく間に本場の技法を修得し、頭角を現した……と思いたくなるが、実情は少し違うようだ。

雪舟は35歳のころ、京都をあとにして山口へ移る。中国の明へ渡航するために、明と交流していた大内氏を頼ってのこととする説がある。確かに雪舟は後年明へ渡るが、48歳になってからのこと。渡航が目的にしては、実行まで時間がかかりすぎている。

ひとつの推論として、雪舟はむしろ“不器用だった”という説が成り立つ。

もし雪舟が器用に筆を使い、本物と見紛うような作品を描くことができたら、彼は京都で重宝されたはずである。京都にとどまり、師の周文の跡を継いで将軍お抱えの御用絵師にもなれたはずだ。しかしその道を歩んでいたら、画聖・雪舟は誕生しなかったに違いない。

不器用な雪舟は、本場の作品を模倣する画家としては大成することなく、失意のうちに都落ちしたのではないだろうか。もちろん、模倣優先の画業に耐えられなかったとする見方も成り立つが、器用でなかったことは間違いなさそうだ。

雪舟が48歳で中国の明に渡航したころ、「浙派(せっぱ)」という画家グループが活躍していた。揚子江の南に位置する浙江省を中心に活動していたのでその名がある。浙派の作品は、雪舟が京都で学んだ水墨画に比べるとちょっと荒っぽいが、のびのびとしていた。雪舟は彼らの作品を見て、そこに自分が進むべき道を発見したのである。50歳を目前にした開眼とは、ずいぶん遠回りしたものである。

明での滞在はわずか2年ほどだったが、帰国後の雪舟の活躍は周知の通りである。不器用が人を助けた、といったのでは画聖に失礼であろうか。

雪舟の国宝6点は、すべて帰国後の作品である。『秋冬山水図』は中国の画家で雪舟が尊敬していた夏珪(かけい。生没年不詳)の筆法に基づくとされているが、荒々しい線による巨大な山塊は雪舟ならではの表現である。

国宝「秋冬山水図」(2幅対より)雪舟筆 紙本墨画、46.3×29.3㎝、室町時代・15世紀、東京国立博物館蔵、10月29日まで展示

見る者を圧倒する『慧可断臂図(えかだんぴず)』は、他に類を見ない水墨画である。面壁坐禅中の達磨(だるま)に神光という僧(のちの慧可)が自ら左腕を切り落とし参禅を乞うている。2人の人物は薄墨でシンプルに描かれ、それとは対照的に顔だけが精密に描写され、息苦しいほどの緊張感が生み出されている。

国宝「慧可断臂図」雪舟筆 紙本墨画、183.8×112.8㎝、室町時代・明応5年(1496)、愛知・斉年寺蔵、10月29日まで展示

晩年の傑作『天橋立図』は、一見すると京都府北部の名勝を描いた単なる風景画のようである。しかしこの作品の視点は、高度900mくらいの高さにあるという。しかも背後の山は極端に高く表現されており、町並みは横に引き伸ばされている。目の前の風景が大胆にデフォルメされ、雪舟の目はもはや天空を自由に飛翔しているのだ。

国宝「天橋立図」雪舟筆 紙本墨画淡彩、89.5×169.5㎝、室町時代・16世紀、京都国立博物館蔵、10月29日まで展示

雪舟はなぜ雪舟と成りえたのか。京都国立博物館で開催中の世紀の「国宝」展は、それを考えるまたとない機会である。

※雪舟の国宝6点の同室展示は10月22日まで。『秋冬山水図』『慧可断臂図』『天橋立図』のみ10月29日まで展示されます。また牧谿筆『観音猿鶴図』は10月31日~11月12日に展示されます。

【開催概要】
京都国立博物館開館120周年記念
特別展覧会「国宝」

■会期/2017年10月3日(火)~11月26日(日)
I期 10月3日(火)~10月15日(日)
II期 10月17日(火)~10月29日(日)
III期 10月31日(火)~11月12日(日)
IV期 11月14日(火)~11月26日(日)
※I~IV期は主な展示替です。一部の作品は、上記以外に展示替を行います。
■会場:京都国立博物館
■電話番号:075・525・2473(テレホンサービス)
■公式サイト:http://kyoto-kokuhou2017.jp/
■開室時間:午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)
※金・土曜は午後8時まで夜間開館(入館は午後7時30分まで)
■休館日:月曜

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

 

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