取材・文/田中昭三

都内でも有数の紅葉の名所、六義園。この豊かな色彩は、いまも昔も変わらない。撮影=西田伸夫

江戸時代、100万都市の江戸は世界に冠たる庭園都市だった。なぜなら江戸の町には1000邸に近い大名屋敷があり、それぞれに大きな庭園、つまり大名庭園が設けられていたからだ。幕末・明治に日本にやってきた欧米人たちは、その庭の美しさに感嘆した。

その後、時代の流れのなかで大名屋敷は次々に消滅。東京に残る江戸時代の庭園は最盛時の1パーセントにも満たない。しかし幸いなことに、何人もの優れた絵師が大名庭園の美しさを絵画に残してくれた。そうした絵を「庭園画」という。

もし江戸時代の庭園そのものと、その庭を描いた「庭園画」が一緒に残っていたら、大名庭園のいまとむかしが比べられるはずだ。実はその比較にピッタリの庭がある。文京区駒込の六義園(りくぎえん)である。

*  *  *

六義園は、徳川5代将軍綱吉(在位1680~1709)の側用人(そばようにん)を経て老中まで上り詰めた柳沢吉保(やなぎさわよしやす、1658~1714)が造営。吉保は敏腕な行政官だったが、一方で和歌や絵画に秀でていた。とりわけ和歌に関しては造詣が深く、六義園には各地の歌枕(歌に詠まれた名勝)が巧みに取り込まれている。

その六義園を描いた庭園画の代表的作品が、狩野常信(つねのぶ)・周信(ちかのぶ)・岑信(みねのぶ)親子3人が描いた『六義園図』全3巻。宝永元年(1704)頃の作品である。3人は江戸時代前期に活躍した江戸狩野派の絵師である。

『六義園図』より「吹上松」。郡山城史跡・柳沢文庫保存会蔵

上の場面は「吹上松(ふきあげのまつ)」。いまの和歌山市を流れる紀の川の河口近辺にあった歌枕である。『六義園図』の六義園も、いまの六義園も、共にマツが目印となっている(こういう目印を庭園用語では「見付け」という)。

庭園画のほうではゆるやかな山の稜線と微妙に入り組んだ海岸線が、歌枕の雰囲気をよく伝えている。一方、現在の六義園の庭の海岸線には土砂崩れを防ぐ杭が打たれ、海岸の印象が少し異なっている。

いまの六義園の「吹上松」の景観

同じく『六義園図』の下の場面には、左下に「水分石(みずわけいし)」、右上に「紀川上」と記されている。紀の川上流の景観を庭に写したものだ。

山間(やまあい)から流れ落ちる水路は滝となって紀の川に注ぐ。その滝の水を左右に分けるのが「水分石」。これは作庭の基本的な技法であり、水流をふたつに分けることにより、水の流れに変化をもたせ、なおかつ水音をリズミカルにする。

『六義園図』より「水分石」。郡山城史跡・柳沢文庫保存会蔵

いまも六義園にある水分石は、水の流れをふたつに分け、心地よい水音を奏でている。この辺りは表情豊かな庭石が巧みに組み上げられており、吉保の六義園へのこだわりが感じられる。

いまの六義園の「水分石」周辺

さて、以上ご紹介した『六義園図』は、いま静岡県立美術館で開催されている「美しき庭園画の世界」展で見ることができる(~2017年12月10日まで)。本展覧会は、まず日本の庭園画に深い影響を与えた中国の作品を取り上げ、続いて日本国内でどのように発展したのかを全78点の作品で紹介している。

まだ一般にあまり知られていない「庭園画」の代表作が一堂に会しており、美術愛好家はもちろんのこと、庭に関心のある人にもお勧めの展覧会である。

【開催概要】
『美しき庭園画の世界‐江戸絵画にみる現実の理想郷』
■会場:静岡県立美術館
■会期:開催中~12月10日(日)まで。
■電話:054-263-5755
■時間:10時~17時30分(入室は17時まで)
■休館日:月曜
■入館料:800円

そして六義園は、いま紅葉が真っ盛り。江戸時代の庭園を味わいに、出かけてみてはいかがだろうか。

【六義園】
■所在地:東京都文京区本駒込6丁目
■アクセス:JR駒込駅から徒歩7分
■入園料:一般300円、65歳以上150円(小学生以下または都内在住・在学の中学生無料)
■開園時間:9:00~17:00(最終入園16:30) ※ライトアップ期間中は9:00~21:00(最終入園20:30)。2017年11月18日(土)~12月6日(水) 紅葉と大名庭園のライトアップ 日没~21:00(最終入園20:30) 
■問い合わせ:03-3941-2222(六義園)

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

 

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