取材・文/藤田麻希

月岡芳年《義経記五條橋之図》明治14 年(1881)

牛若丸と弁慶が満月の晩に五条橋で決闘しています。ピョンと飛び上がった牛若丸と、長刀を振り回す弁慶の一瞬の動きが、まるでストップモーションかのように切り取られています。紙を三枚つなげた大きな画面を目一杯使って、地面すれすれから見たような低いアングルで、迫力満点に描き出します。

この絵を描いたのは、浮世絵師・月岡芳年です。天保10年(1839)に江戸新橋に生まれ、12歳頃に武者絵を得意とした歌川国芳に入門し、めきめきと頭角を現し、15歳でデビューしました。攘夷運動と明治維新の激動の時代を駆け抜け、世の中の変化に巧みに順応しながら、民衆の求めに応じました。浮世絵は、1890年代、日清戦争が終わった頃から、新しいメディアや写真技術の台頭などによって急速に衰退しました。その頃に亡くなった芳年は、最後の浮世絵師とも呼ばれています。

月岡芳年《英名二十八衆句 稲田九蔵新助》慶応三年(1867)

そんな芳年の画業のなかでひときわ目立つのが、「血みどろ絵」「無惨絵」「残酷絵」と呼ばれる、流血や殺戮シーンなどを描いた作品群です。「英名二十八衆句」は、兄弟弟子の落合芳幾と合作した全28作品の揃物ですが、そのほとんどに血が描かれています。歌舞伎や講談から殺しの場面を選び、これでもかと残酷に脚色しています。血を表す赤い絵の具には、膠を混ぜて光沢をだし、質感を追求しました。また、1868年、上野の山の戦で彰義隊が官軍に制圧されたときには、芳年はすぐさま駆けつけ、その惨状をスケッチし「魁題百撰相」という作品に活かしました。目を背けたくなる残酷なシーンの連続ですが、当時の人々にとって、このような殺戮シーンは日常と背中合わせにあったもの。世相を反映してか、怖いもの見たさもあってか、人気を博しました。

ちなみに、これら血みどろ絵は後の世で、芥川龍之介、江戸川乱歩、三島由紀夫らも魅了しました。「英名二十八衆句」を所有していた芥川龍之介が、晩年になって残酷さに耐えかね、手放したというエピソードも残っています。

月岡芳年《一魁随筆 西塔ノ鬼若丸》明治5-6年(1872-73)

芳年は血みどろ絵のシリーズを手がけてから、神経衰弱に陥り、しばらく筆を執ることができなかった時期がありましたが、1873年に復活し、「大蘇芳年」と名を改め、ふたたび活動をスタートします。西南戦争や歴史画など、明治ならではの新しい主題に挑戦する一方で、新しく台頭したメディアである新聞にも参加し、「絵入自由新聞社」の挿絵師として月給100円という高待遇で迎えられ、活動の幅を広げました。

月岡芳年《風俗三十二相 うるささう 寛政年間 処女之風俗》明治21 年(1888)

「風俗三十二相」は大蘇時代のなかでも晩年のシリーズです。「いたそう」「けむそう」「かゆそう」など、「○○そう」という題名で、三十二種類の女性の仕草を表します。掲載した「うるささう」は、愛撫しながら話しかけてくる女性を、「うるさいなあ」と冷静に考えているかのような猫を描いた、ユーモアあふれる作品です。武者絵で有名な歌川派の芳年ですが、このような美人画の優品も残しています。

そんな芳年の展覧会が現在、練馬区立美術館で開催されています。同館学芸員の加藤陽介さんは次のように展覧会のみどころを説明します。

「この展覧会は(日本画家の)西井正氣先生お一人で集められたコレクションを展覧するものです。先生のコレクションは世界的に見て、芳年についての個人コレクションとしては屈指のもので、ナンバーワンと言っていいのではないかと思います。芳年の本当に初期のデビュー作から、最後の絶筆といわれる錦絵まですべて揃っています。

展覧会を企画する時に、先生と、芳年はとかく、血みどろ絵とか無惨絵、残酷絵といわれており、それは間違いないのですが、そればかりではないよね、と話しました。晩年の10年間の芳年の活動は本当に目を見張るものがあります。武士の一挙手一投足が、静と動と入り混じって非常に豊かな画面を構成しています。芳年は最後の浮世絵師と言われることが多いのですが、ここは一つ、近代の画家として皆さんにご覧いただけると、新しい理解が得られるのではないかなと考えています」

西井コレクションから選りすぐった263点の作品で、初期から晩年まで、芳年の画業の全貌を明らかにします。血みどろ絵だけではない、多彩な芳年の才能を発見しにお出かけください。

【芳年-激動の時代を生きた鬼才浮世絵師】
■会期:2018年8月5日(日)~9月24日(月・祝)
■会場:練馬区立美術館
■住所:〒176-0021東京都練馬区貫井1-36-16
■電話番号:03-3577-1821
■公式サイト:https://www.neribun.or.jp/museum.html
■開館時間:午前10時~午後6時 *入館は午後5時30分まで
■休館日:月曜日 *ただし、9月17日(月・祝)は開館、18日(火)は休館

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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