取材・文/藤田麻希

大正時代、京都や大阪など関西の若手画家を中心に、耽美的で妖艶な美人画が流行しました。そんな画家たちの筆頭にいるのが、この《口紅》を描いた岡本神草(おかもとしんそう/1894~1933)です。

岡本神草《口紅》 大正7年(1918) 京都市立芸術大学芸術資料館蔵

鮮やかな着物をまとい、蝋燭の灯のもとで目を細めながら唇に紅をさす女。ほんのり赤味を帯びた白い肌、ちらりとのぞく歯、釣り上がった目、身をくねらしたポーズなど、さまざまな要素が相まって、美しいと同時に怪しげな魅力を発しています。

現在、《岡本神草の時代展》が千葉市美術館で開催されています(~ 2018年7月8日まで)。同展を担当した、千葉市美術館学芸員の藁科英也さんは次のように《口紅》について説明します。

「なぜ他の画家ではなく岡本神草をとりあげたのかというと、《口紅》という作品が当時の京都画壇のなかで、ある種の神話的な魅力を持っている作品だからです。ひょっとしたらこの作品抜きでは、当時の京都画壇の動向が語れないかもしれません。それだけのものを神草は、京都市立絵画専門学校、今で言う、京都市立芸術大学の卒業制作として作り、第一回国画創作協会展に出品して、入選させました。わかりやすくいえば、初打席初ホームラン、しかも、満塁ということになります」

神草は神戸市に生まれ、15歳のときに京都に出て、京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で日本画を学びました。その一方、女学生の友達から、当時ブームだった竹久夢二のイラストレーションが載った雑誌を借り、模写も行っています。

岡本神草《「花見小路の春宵」草稿》 大正5年(1916) 京都国立近代美術館蔵

上に掲載したのは、学生時代に描いた「花見小路の春宵」という作品の下絵です。等身大で描かれる女性の顔はまさに竹久夢二を彷彿とさせます。

「竹久夢二調のかわいい女の子を、イラストではなく日本画の本画として描こうとしています。この下絵を描いて、本人も本番に進めると思ったのでしょうが、いざ筆を執って、日本画の伝統的な技術で細かくぼかしを入れたりすると、夢二本来の二次元の面白みからは離れていってしまう。自分の目指す絵の方向と、学んできた技法が一致せず、そのせめぎあいに悩んで未完成になってしまったのだと思います」(藁科さん)

現在の現代美術の作家にも、マンガやアニメーション風の女性をファインアートの絵画として成立させ海外で評価を受けている人がいますが、神草はそんな試みの先陣を切っていたのです。

岡本神草《拳を打てる三人の舞妓の習作》 大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵

神草が熱心に取り組んだのが「拳を打てる三人の舞妓」という画題です。狐拳というお座敷遊びに興じる舞妓を、三角形の構図にまとめた作品です。テーマは楽しげですが、中央の舞妓の半開きの目、写実を追求したぼかし、人物の周りの暗い影、力のこもっていない手のポーズなどが、どこか不気味な印象を与えます。

第3回国展のために制作しはじめたものの、間に合わなかったため、やむを得ず中央だけを切り取って出品したため、その跡が残ってしまっています。その後、別の展覧会のために同じテーマの絵を制作、完成させたのですが、残念ながらそれは現在行方不明になってしまっています。

神草は遅筆で寡作だったため、現存する大作の完成作は3点のみ、初期からのスケッチを集めても今回の展覧会の出品作は110点程度です。しかし、それぞれの作品の発する力が非常に強く十分満足できる内容になっています。

また同展には、共に切磋琢磨した、甲斐庄楠音など、国画創作協会というグループの作品や、神草の師にあたる菊池契月の作品なども集合しています。大正時代に徒花のように咲き誇った京都画壇の作品群を、関東で見られる貴重な機会です。

【展覧会情報】
《岡本神草の時代展》

会期:2018年5月30日(水)~ 7月8日(日)
会場:千葉市美術館
千葉市中央区中央3-10-8
電話番号:043-221-2311
公式サイト:http://www.ccma-net.jp/index.html
開館時間:日~木曜日/10:00~18:00
金・土曜日/10:00~20:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:6月4日(月)、18日(月)、7月2日(月)

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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