取材・文/藤田麻希
日本の私立美術館には、根津美術館(東京)や藤田美術館(大阪)、香雪美術館(神戸)など、戦前の財閥や実業家のコレクションを母体にできているものが多くあります。
京都の泉屋博古館(せんおくはくこかん)と東京の泉屋博古館分館も、住友家の美術品を保存・展示するための美術館です。所蔵品のほとんどは、15代当主の住友春翠(すみとも・しゅんすい、1864~1926)の収集品です。春翠は公家の徳大寺家の出身で、政治家の西園寺公望の弟。京都で生まれ育ち、成人してから住友家の養子に入りました。事業の近代化を推し進めるとともに、子供の頃から親しんだ能楽や茶道などの文化的な素養もあり、熱心に美術品を集めました。
3000点を超える春翠のコレクションのうち、とくに有名なのは中国古銅器ですが、じつは書画や仏教美術、茶道具や文房具などの工芸品も豊富です。
現在、東京の分館では、そんなコレクションのなかから、漆芸品をテーマにした初めての展覧会《うるしの彩り》展が開催されており、日本・琉球・中国・朝鮮半島など、各所の一級の漆芸品を見ることができます(~7月16日まで)。
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住友家の邸宅は、関西で国賓を招くときの迎賓館のような役割を担っていました。春翠は能楽を趣味にしており、賓客をもてなす際にみずから能を演じることもありました。そんな趣味を色濃く示すのが、現在も続く京漆器の老舗・象彦(ぞうひこ)が春翠の注文に応じて製作した「扇面謡曲画蒔絵会席具」です。謡曲(能の謡)をテーマとする会席具で、黒漆地に謡曲にちなんださまざまな意匠を配した扇面が蒔絵で表されます。
丸盆には、松の立木の作り物、松藤模様長絹、風折烏帽子の小道具が描かれ、謡曲「松風」を連想させます。このような豪華なお膳を用いて宴会が催されたのでしょう。
華道、茶道とともに発展を遂げた香道の道具にも、漆が用いられます。「藤棚蒔絵十柱香箱」は香炉、香札、火道具など、香道にまつわる道具を収める十種香箱というものです。蔓棚に絡まって咲く藤と、秋草を金の蒔絵で表します。
江戸時代後期から明治時代に活躍した蒔絵師・柴田是真(しばた・ぜしん)による文箱(書状などを入れる箱)は、編み目状の籠に見立てた蓋を空けると軍鶏が現れる洒落た趣向のものです。軍鶏の足元には、極細の漆の線で舞い落ちた羽が表されます。
日本では、螺鈿や彫漆など中国の漆器も珍重されてきました。なかには、現在の中国には残っていないような貴重なものも伝えられています。
彫漆の盆「龍図堆黄盆」は、赤地の上に、黄色い漆を何重にも塗り重ねて厚みを出し、その塗り重ねた漆をレリーフ状に彫って龍を表したもの。気の遠くなるほどの手間がかかっています。
黄色が皇帝のシンボルカラーであること、五つの爪の龍が皇帝の象徴であることから、皇帝の旧蔵品だったと推測されています。大変高価な漆を塗り重ね、惜しげもなく削り、その削りカスは捨ててしまう。皇帝のためのものだからこそ許された最高の贅沢品です。春翠が、煎茶をたしなむときの飾りとして使用していたと考えられています。
泉屋博古館上席研究員の外山潔さんは、春翠のコレクションの特徴を次のように説明します。
「今回の出品作の多くが、道具として実際に使われていたものであることを忘れてはなりません。当時のお金持ちは権力があっただけではなく、これらの美術品に囲まれ、実際に使うことによって、結果的に美術を保護し、芸術家を育て、文化にたいへん大きな貢献を果たしました。
作品を縁(よすが)として、当時の財閥の当主がどのような生活をしていたか想像して、楽しんでいただければと思います」
目にも麗しい実用としての漆の品々を、ぜひご堪能ください。
【展覧会情報】
うるしの彩り―漆黒と金銀が織りなす美の世界
会期:2018年6月2日(土)~7月16日(月・祝)
会場:泉屋博古館分館
住所:東京都港区六本木1-5-1
電話番号:5777-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(7月16日は開館)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』