取材・文/藤田麻希
鐔(つば)、縁(ふち)、頭(かしら)など、刀の外装部分に使われている金具を刀装具(とうそうぐ)といいます。持ち手の先端部分を補強したり、刀が自分の手を傷つけないようにするといった役目がありますが、江戸時代以降は装飾性に富んだ華やかなものが盛んにつくられました。
そんな刀装具に魅了され、明治時代後半に日本最大級のコレクションを築いたのが光村利藻(みつむら・としも)です。
利藻は、明治10年(1877)、大阪で海運業を営む裕福な家に生まれ、最先端の写真技術を学び、美術印刷を手がける「関西写真製版印刷合資会社(のちの光村印刷株式会社)」を創業しました。そのかたわら、長男の初節句で刀剣に興味を持ったことをきっかけに、約10年の間に3000点以上にのぼる刀装具を収集します。当時としては、群を抜いて最大、かつ最高の質を誇りました。
しかし、明治41年(1908)、事業が行き詰まり、コレクションは利藻の手を離れ、海外流出の危機に直面しました。それを防ごうとしたのが、実業家の初代・根津嘉一郎です。嘉一郎は光村コレクションを一括購入し、のちに創設された根津美術館に1200点以上を引き継ぎました。
現在、その一部を公開する展覧会「特別展 鏨の華―光村コレクションの刀装具―」が東京・青山の根津美術館で開催されています(~2017年12月17日まで)。
光村コレクションの刀装具は、幕末から明治時代にかけての、技巧を駆使した精緻な作品が充実しているのが特徴です。また、利藻が関西を中心に活動していたため、とくに京都の金工家のものが多いです。
京金工の荒木東明が江戸時代に製作した「粟穂図大小揃金具」について、光村コレクションについて研究している、大阪歴史博物館の内藤直子さんは次のように説明します。
「荒木東明は、金でつぶつぶとした粟の穂を表現する独自の技法で知られています。東明の粟穂を一つ持っているだけで、コレクターとしては鼻高々になれるものなのですが、じつは根津美術館の光村コレクションには、驚くべきことに、15件もの粟穂があります。人気が高いので、光村旧蔵のこの作品のように組物として残っているのは珍しいです」
「鍾馗鬼図大小鐔」は、京都出身で幕末から明治にかけて活躍した、松尾月山による鐔です。鍾馗と、鍾馗に追いかけられる鬼が、さまざまな色の金属で立体的に表されます。大きい方の鐔には、本来あいているべき笄や小柄を通すための穴、切羽という金具を乗せるために平らになってなければならない部分にも装飾があり、実用性を度外視した美術品としての鐔であることがわかります。
また、利藻は同時代の職人たちに直接発注し、自分好みの刀装具も作らせました。明治時代は、廃刀令によって刀装金工の職人たちは苦しい状況に立たされていたため、利藻の注文は技術の伝承にも役立ちました。
「波葦蒔絵合口拵」も利藻が発注したもの。当時の名工である、漆芸家・柴田是真、彫金師・加納夏雄が合作しました。柄の部分が砂浜に、鞘の部分が海に見立てられています。岩場に潜む蟹を金属で、波間に漂う葦や波を漆で表現し、40数センチのなかに大海原が広がります。
刀装具の初心者にもやさしい、バランスよく優品が選ばれた展覧会になっています。この機会に刀装具の世界に親しんでみるのはいかがでしょうか。
【展覧会情報】
『特別展 鏨(たがね)の華 光村コレクションの刀装具』
■会期/2017年11月3日(金・祝)~12月17日(日)
■会場:根津美術館
■住所:東京都港区南青山6-5-1
■電話番号:03・3400・2536
■公式サイト: http://www.nezu-muse.or.jp/
■開室時間:10~17時
※入館は閉館の30分前まで
■休館日:毎週月曜
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』