新居に移る目前で3度目の脳梗塞
しかし、君江さんが新居で暮らすことはなかった。
引っ越しの1週間前、3度目の脳梗塞を起こしたのだ。
「先生の口ぶりはかなり厳しいね……。脳も委縮していて、もう元に戻るのは難しいだろう。自宅に戻るのもたぶん無理じゃないかと言われているんだ」
君江さんの身体状態は前回よりいっそう悪化した。座ることもできないという。意識はあるし、ときおり笑顔も見せているが、コミュニケーションはまったく取れない。
「今の病院には180日しかいられないので、転院先を探しているところです。透析も必要なので、なかなか見つからないんだよ。リハビリでどこまでよくなるか……」
新居のマンションには、健司さんが一人で暮らしている。
「ついてないな、とは思うね。私たち夫婦には子どもがいないので、これから先の自分の老後のことも頭にちらつく。でもまあ上手にストレス発散しながら、自分ががんばるしかないよね」
相変わらず淡々と話す健司さんに、「がんばってください」とは言えなかった。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。