物価高騰や将来への不安から「空いた時間で短時間の仕事がしたい」と思う人は多い。そこで支持されているのが、隙間時間に働きたい人と雇用主をつなぐマッチングアプリだ。アプリに登録すれば、履歴書の提出も不要で、面接もない。
アプリを運営する事業会社は増えており、大手3社の登録者数を合計すると1500万人を超えていた。
東京都郊外に住む悟志さん(67歳)も、スキマバイトを始めて半年になるという。「2年前から同居する娘(40歳)から、“肥満になるし認知症になる”と怒鳴られて、3か月迷って思い腰を上げたんです」と語る。
生きるために必要なのは「現在地」の確認
悟志さんは地方の国立大学の工学部を卒業し、機械関連のメーカーで定年まで勤め上げる。
「エンジニア志望で入ったのですが、営業に配属され、そのままずっと営業です。会社は適材適所をよく心得ていると思いますよ」
悟志さんは軽やかな性格で、失敗にとらわれず、サービス精神が旺盛だ。営業部が手放さなかったのではないだろうか。
「そうですね。私は負けず嫌いですからね。根性論ではなく、もっとゲームの攻略のような感覚です。“私の現在地はここで、上に行くにはこのスキルが必要だから、身につけよう”と己を磨いていくのです。頑張っても結果が出ない人は、この“現在地がどこか”を考えないで猪突猛進している感があります。大切なのは自分の能力と、立ち位置の客観的分析。会社に入ったときに、自分は経験もなく、味方もいないビリ中のビリだと自覚しました。最下位の選手がすべきことは基礎練習なので、上司に言われた通りに行動していました」
アタックリストを作り、現場の人に顔を覚えてもらい、出張や営業に飛んで行く。営業職の基礎練習は、場数を踏むことだ。
「この考え方を教えてくれたのは昭和ヒトケタ生まれの亡くなった父です。高卒で大手メーカーの工場に工員として入社し、最後は本社勤務まで上り詰めた。その父の口癖が“現在地の確認”だったのです。高校受験、大学受験、それなりに私も苦労しました。その度に、父から“現在地はどこか、確認しなさい”と言われ、突破してきたのです」
現在地がわからなければ、迷走してしまうだけでなく、遭難する。悟志さんは60歳で定年後、子会社の副社長に就任。会社員人生としては順風満帆だったという。
「数多くの失敗や土下座謝罪などもありましたし、自分の無力感に涙することもありましたが、それはそれ。自分で自分を責めることは、自傷行為でもあることに気づいてからやめました」
それを気づかせてくれたのが妻だった。悟志さんが25歳のときに5歳年上の妻に一目ボレをし、周囲の反対を押し切って結婚した。
「妻は、外資系の企業で営業をしていたのです。私の会社が妻の会社のシステムを導入することになり、妻が説明に来た。シュッと引き締まった体に黒いスーツを着て、化粧が濃くてね。香水の匂いがぷんぷんして、そういう雰囲気が日本人離れをしていました」
妻はアメリカの大学を卒業しており、悟志さんが知る日本人女性とは全く違ったという。
「頭の回転が早く、英語もペラペラ。義父が国際関連の仕事をしており、妻は幼い頃もアメリカで過ごしていたんです。そこでかなりの人種差別を経験していたこともあるのか、意見をはっきり言う。私が後悔や自責の念について話し始めると、“自分を責めると内部腐敗を起こす”と言い、話を打ち切るのです」
【子会社の副社長に就任した4年後に妻が倒れた……次のページに続きます】