文/鈴木拓也
50歳に差し掛かったあたりから、母校の同窓会や地域の活動に呼ばれる機会がなぜか増えてくる。やがては訪れる定年後を意識するようになって、勤務先以外の人たちとのつながりを築いておきたいという深層心理の表れなのだろう。
しかし、同窓会はあっても年に1回だろうし、関心の向く地域活動も毎日行われているわけではない。となれば、定年を迎えた後は、ヒマを持て余す日々を受け入れるしかないのだろうか?
これを打破する「一番の近道は、やはり仕事」だと語るのは、還暦を過ぎて弁護士兼税理士として活躍する植田統さんだ。仕事であれば、頻繁に人との交流があり、社会から必要とされているという充足感もある。だから、定年後は自立したプロとして生涯現役たるべしと、著書の『60歳の壁 定年制を打ち破れ』で説く。
本書は、大半の「定年本」に見られる、再びどこかの企業に雇われるという生き方はすすめていない。独立独歩の士業や個人自営業者としての道を探るため、6ステップからなる自己改造策を指南しているところに特徴がある。
例えば、最初のステップ「Mindset:気持ちをリセットする」の章では、「年齢を言い訳にしない」、「新しいものにチャレンジする」といった見出しが続く。
著者も「これを変えるのが大変だ」と言うとおり、ずっと会社勤めを続けた人にはハードルが高い内容のオンパレードだ。
私の場合、本格的に弁護士業をやり始めたのは54歳。2年間、法科大学院の先輩の事務所で修業させてもらい、自分の事務所を持った。(中略)勉強によって新しい知識を仕入れることなしでは、とても適正なアドバイス、事件処理はできない。勉強また勉強である。こうした時に、自称「歳の人」が言い訳に使いたがるのが老眼である。確かに老眼になると、近いものは見にくくなるが、眼鏡で矯正できる。そこにお金をかけずに、社会に必要とされる人になりたいと思っても、それは無理。そんなずぼらな人を社会は必要としていない。(本書66~67pより)
などと、厳しい言葉が続くので、読み進めるには覚悟が要る。
序盤戦の「気持ちをリセット」ができたら、「Strategy:80歳までの戦略を構築する」へと進むが、この章で著者は「自分の強み、得意分野を活かして、80歳のビジョンを見つける」ことがなによりも重要だと唱える。ここを誤ると、時間もお金も無駄に使うばかりの自分探しの旅で終わってしまいかねないからだ。
ここで、多くの人は「ふつうに会社員をやってきたから、強みも得意分野もない」と立ちつくす。が、自分では取るに足らないスキルだと思っているものが、外の世界では重宝されることはよくあると著者は述べている。
人事部で人事計画をやってきた人はどうだろうか。評価は直属の上司から上がってくるものを集計するだけだから、簡単なスキルのようにも見える。しかし、この人が部門間の評価の違いを調整し、会社全体として公平な人事評価ができるように、仕事をしてきたとか、各個人に対するフィードバックを懇切丁寧におこなってきたとすれば、それが特別なスキルであるかもしれない。(本書77pより)
心構えが固まったところで、本書の後半は、「仕事で来る者は拒まず」、「事務所を構える」など、かなり実践的な話になる。60歳になってからの独立開業だからといって、その前の年代で開業するのとでは大きな差異がないことがわかる。それゆえ、「身だしなみと話し方に気をつける」といった極めたベーシックな、それでいて年配になると疎かになりがちな点についてもしっかりと言及がある。一方で、健康維持についての実体験をふまえたアドバイスもふんだんに記されており、加齢を考慮した働き方が大事であることも触れられている。
本書を通読すると、「60歳の壁」を越えるのは、なかなか容易ではないことを思い知らされる。だが、6つのステップを噛みしめるようにこなしていくことで、「自分にもできるのではないか」と自信が湧いてこよう。定年後の人生も有意義なものにしたいと決意している方は、きっと本書が役に立つはずである。
【今日の定年後の暮らしに良い1冊】
『60歳の壁 定年制を打ち破れ』
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20526
(植田統著、本体税込み853円、朝日新聞出版)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。