文/鈴木拓也
主に長寿化と少子化が要因となって、年金制度に暗雲が立ちこめている。数年以内に年金制度が破綻するわけではないが、マクロ経済スライドの導入や改正国民年金法の成立もあって、ただでさえ少ない受給額がなおも減ってゆくことは、ほぼ確実。そして、各メディアでは「老後破綻」のキーワードが躍り、識者らが様々な対策を提示するなど、何かとかまびすしい。
年金があまり頼りにできない今、いったい我々はきたるべき老後に向け、何をすべきで、何をすべきではないのか。そうした情報を1冊の新書にまとめたのが『やってはいけない老後対策』(小学館新書)である。
著者は元国税調査官で、今はフリーライターとして、節税術や金融文化史などをテーマにした著作を出している大村大次郎さん。本書の内容は多岐にわたるが、基本的なスタンスは「もらえる年金額をフルに近づけ」つつ、年金だけでは不足する分は、NISAのような少額投資、プチ起業、はては海外移住など、自分でできそうな手立てを駆使して老後を過ごせ、というもの。
けして年金をおろそかにしていないのがポイントで、地に足のついた印象のある良書だ。以下、主だった内容を俯瞰しよう。
年金の額は自力で増やす
大村さんは、強制加入の公的年金とは別に、個人で積み立て運用する確定拠出型年金をフルに活用することをすすめる。もとは、企業年金のない中小企業・自営業者のために設けられたこの制度だが、2017年の制度改正で企業年金のある大企業の社員も(条件付きで)入れるようになっている。
これは、「老後の生活の強力なアイテム」であり「年金の受給額を一挙に増やす」ことができるだけでなく、最大のメリットは節税にあるという。つまり、これに掛けたお金は、全額所得控除になり、運用益に対しても課税されない。単に自分で貯蓄するよりも、「2~3割有利になる」お得な制度だとしている。
くわえて自営業者には、国民年金基金や小規模企業共済という選択肢もあるが、大村さんは前者は「個人年金より断然お得」とし、以下のように解説をする。
月額3万円の終身年金をもらうためには、40歳加入で、月額17,145円を払えばいいだけです。15年支払い保証がついていれば、もし早く死んでも遺族に掛け金に応じた一時金が支払われます。
そして、国民年金基金にはもう1つ大きなメリットがあります。
それは、翌年3月分までの前納ができるということです。そして前納した場合、払った年の保険料として所得控除ができます。(本書37~38pより引用)
もっとも各制度には、メリットもあればデメリットもあり、それについても説明されている。例えば、国民年金基金は加入時の利率で生涯固定なので、それを超えるインフレが起きたときに価値が目減りしてまう。こういったデメリットにも留意する必要はある。
投資よりプチ起業
定年退職してもらった退職金がそれなりの額だと、「投資家デビュー」して株の売買差益で儲けようかと考えたりする。しかし、大村さんはこれには否定的だ。その理由として、現在のアベノミクスは官製相場であり、年金積立金の管理・運用を行うGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の日本株購入割合が大きく、日本株の購入上限に達すれば、外国人投資家が日本株を売って市場は暴落してしまうリスクを挙げている。
代わりにすすめているのが、少額投資のNISAであり、それ以上にプッシュするのが定年後の起業だ。ただし、それはあくまでも「プチ起業」にすべきとも。
40代以下の世代が起業するならば、最低でも数百万円の利益を上げなければ食べていけません。 しかし、定年退職者ならば、赤字にさえならなければ大丈夫です。商売をすることで、自分の貯蓄を減らさない限りは問題ありません。自分の好きなことをするわけですから、1万円でも儲かればラッキーと考えればいいでしょう。
つまり定年退職者は「道楽で商売ができる」という、とっても「けっこういい立場」なのです。(本書117pより引用)
まあ、実際は1万円しか儲からなければ、年金不足分の足しにもならないわけで、大村さんは理想のラインとして「5~10万円」の数字を挙げている。そして、絶対に手を出してはいけないとするのが、「無理に事業をひろげること」そして「コンビニに代表されるフランチャイズ経営者」。若いころのような体力・頭の回転力がないのだから、リスクばかりが大きくなるような真似はすべきではないと戒める。
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元国税調査官が書いただけあって、本書に記されていることは、極めて現実路線。浮いた話や夢見るような儲け話はないが、安心して実践できそうなもので固められている。もちろん、その全てを実行するのは不可能なので、自分の性に合ったものを見極め、家族の理解を得つつ着手するのが正解だろう。
【今日の“財布の健康”に良い1冊】
『やってはいけない老後対策』
https://www.shogakukan.co.jp/books/09825319
(大村大次郎著、本体800円+税、小学館)
文/鈴木拓也
2016年に札幌の翻訳会社役員を退任後、函館へ移住しフリーライター兼翻訳者となる。江戸時代の随筆と現代ミステリ小説をこよなく愛する、健康オタクにして旅好き。