文/鈴木拓也

社会保険労務士の澤木明さんは、企業・官公庁向けの「定年準備セミナー」の講師を20年にわたり続けている。

セミナーの参加者は50代後半の人が多いが、定年後のことをきちんと考えている人は意外に少ないという。

「仕事が忙しくて、将来のことはまだ考えられません」
「今までなんとかなってきたので、これからも何とかなると思っています」

そういう声を聞くにつけ、澤木さんの心中に不安がよぎる。実際、知識・準備不足で、定年後に取り返しのつかない後悔に見舞われる人が少なくないからだ。

一例をあげよう。大久保さん(仮名)は、「年金制度は破綻するのだから、早くもらわないと損しますよ」という知人からのアドバイスにしたがい、老齢基礎年金を繰り上げ受給し、60歳からもらい始めた。しかし、65歳より早くに受給を開始すると、月々の受給額は減額され、それが一生続くということは知らなかった。大久保さんは、月々に受け取る年金額は、65歳から受け取る通常の場合に比べ、2万円近く少なくなった。仮に90歳まで生きると考えると、その差はおよそ660万円にもなるが、変更はきかない。

70歳を迎えたいま、大久保さんはその決断をとても後悔しているという。

繰り下げ受給は税負担がのしかかる

そうした定年後のお金にまつわる後悔を減らそうと、澤木さんは著書『定年後のお金「見える化」入門』(‎秀和システム)を上梓した。年金に始まり、退職金や働き方に至るまで、定年前に知っておくべき情報が網羅されており、「これからも何とかなる」と思っている方にこそ、読んでほしい内容となっている。

さわりの部分を少し紹介しよう。上のエピソードから、年金の繰り上げ受給が気になったかもしれないが、その逆の繰り下げ受給というのもある。これは、受け取り開始を65歳より遅くに設定することで、1か月繰り下げるごとに0.7%増額される。例えば、1年遅らせて66歳のスタートだと、0.7×12=8.4で、108.4%の受給率になる。現行の制度では75歳まで遅らせることができるが、その場合は184.0%にもなる。

他方、繰り上げ受給の場合だと、一生にわたり減額された受給額になるほか、「受給権発生後に初診日がある時は、障害基礎年金が受けられない」など、いくつかのデメリットがある。

では、遅ければ遅いほどいいのかといえば、そう言い切れない部分もある。というのも、受給額が増えれば、そのぶん所得税、住民税、社会保険料の負担がのしかかってくるからだ。

ここはちょっと悩みどころかもしれないが、どの時点でもらい始めれば得かといったシミュレーションが本書にあり参考になる。

定年後の支出を予想しておく

定年退職前は、退職金や年金をいくらもらえるかに意識が向きがちだが、支出も忘れてはならない。

現役時代は、家庭での生活費が毎月どれだけかかっているか、即答できる人は少数派だという。しかし、これを機会に一度、生活費を調べてみるよう澤木さんはアドバイスする。

調べる項目は、「食料」「光熱・水道」「被服および履物」「交通・通信」「家具・家事用品」「その他消費支出」の6種類。現時点で、それぞれの項目がどれほどかかっているのか、大雑把でいいので把握する。その上で、定年後はこれらがどう変化するかを予想し、書いてみる。その際は、月額だけではなく、定年から25年で総額いくらになるかも計算する。

こうした基本生活費にくわえて把握しておきたい費目として、住居費、医療費、親の介護費などがある。持ち家だと、住宅ローンを完済すればそれでおしまいではない。固定資産税や火災保険といった保険料はかかり続けるし、修繕・リフォームの費用もある。修繕・リフォーム代は、どのくらいの頻度で行い、どれだけかかるかは、諸条件によって異なるので一概には言えないものの、澤木さんは「とりあえず200~300万円くらいの金額を予定しておくこと」をすすめる。

定年後はどう生きたいのかも考える

定年後のお金の収支把握は重要だが、もう1つ考えておくべきことがある。

それは、生き方。

澤木さんは、セミナー受講生らの話を聞いている限りでは、多くの人が定年後の生き方について、「ほとんど考えていない」という印象を受けるそうだ。考えてはいても、なかなか結論が出せないのかもしれないが、いざその時が来てから悩むのは避けたい。

澤木さんは、まず65歳以降の「ありたい姿」を考えるよう説く。

「年に4回は城めぐりの旅行をしたい」
「週に1回ゴルフを楽しみたい」
「学生に戻って心理学の勉強をしたい」

というふうに、かつてやりたかったけれども、様々な理由からしなかったことに思いをはせ、定年後ならできるのではないかと想像してみる。

それが決まったら、どれほどのお金がかかるのかを見積もる。「週1回のゴルフ」であれば、プレー費に月5万円くらいかかるとして、それは基本生活費で想定した枠内に収まるかどうか。不足するのであれば、そのぶんは働いて補うという発想が生まれ、定年後の毎日をどう過ごすかが自然と定まってくる。

ここで、再び働くという選択肢が出てきたが、澤木さんは、週2~3日で20時間未満の「チョイ働き」を提案している。このペースの働き方だと、働くことによる年金の支給停止のリスクはなく、かつメリハリのない日々を送らずにすみ、かといって過労に陥ることもない。ただし、お金が入れば仕事はなんでもいいとせず、「好きなことや得意なこと」をベースに考える。現役時代のキャリアは会社都合であったかもしれないが、生きがいやストレスの観点からみて、仕事は主体的に選びたい。

【今日の定年後の暮らしに役立つ1冊】
『定年後のお金「見える化」入門』

澤木明著
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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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