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【娘のきもち】上京を一度は反対した父の本音「すぐに駆けつけてやれないから」~その2~

取材・文/ふじのあやこ

家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、都内にある企業でテレアポの仕事をしている百合さん(仮名・30歳)。岡山県出身で、両親と5歳下の弟がいる4人家族。小さい頃から家族仲は良く、大学進学時にも家族のお願いもあり、新幹線通学をしながら実家に残ることを選びます。そして大学3年になった時に初めて一人暮らしをスタートさせます。

「2年まで新幹線通学をしていたんですが、学校行事などで遅くなることも多くて岡山から通うことに限界を感じていました。そんな思いもあり、3年になる前に一人暮らしをしたいと母親に相談したら『寂しい』という言葉が返ってきて。そして直接は伝えてないけど母親から私のことを聞いた父親は『寂しいな、遠いな』ってボソっと言ってきて。反対されることはなかったけど、2人とも寂しさを全面に出してきている感じでした(笑)」

神戸に残って就職。そして退職。音楽活動を続けることを誰よりも応援してくれていた

百合さんは3年より神戸で生活を始めた理由はほかにもありました。それは友人たちとバンドを組み、音楽活動をしていたこと。しかし音楽活動一本で生活することを選ばずに、大学卒業後はある銀行に就職します。

「バンド活動は知り合いに曲を書ける人がいて、知り合いを集めて始めた感じです。私はボーカルで、小さいライブハウスなどで活動していたんですが、仲間と何かを作り上げることがとても楽しくて。両親ももちろん知っていましたよ。でも、やっぱり四大を卒業してフリーターになる覚悟はなかったので就職活動をして、採用された関西の地方銀行に就職しました。銀行にした理由は特にありません。外大ではロシア語を専攻していたんですが、語学を活かした就職が特にしたいわけでもなくて……。入れるところに入った感じですね。両親は就職は喜んでくれましたけど、やっぱり最後には『地元に戻ってこないのか……』とボソっと言われた記憶が残っています」

働きながらもバンド活動を継続していた百合さん。24歳の時にインディーズでCDを出すことになり、そのCDのジャケットデザインを担当したある男性と出会います。その男性との出会いで百合さんは上京を決意したそう。

「24歳の時には銀行をやめて、別会社で事務の仕事をしていたんですよ。銀行を2年でやめたのはバンド活動がバレて、少しですが収入もあったことで少し問題にもなってしまって。相談もなく仕事をやめた時も両親は『好きなことができないなら仕方ないよね』と応援してくれました。

出会った男性は8歳上で元々東京の人で仕事を頼んだ縁で仲良くなり、遠距離だったものの何度か会って好きになり、付き合うようになりました。そして2社目の仕事をやめたことを機に上京を決意したんです」

音楽活動最終日に届いた花束と手紙。そこには労いの言葉が溢れていた

東京への上京に両親は大反対。大反対した理由は何もかも正直に話してしまったことだと百合さんは語ります。

「東京に行って、彼氏と暮らしますって正直に伝えたんですよ。そしたら、今までは認めてくれていた両親は大反対。先に仕事を見つけていないことも納得いかなかったようで。私は向こうでも音楽活動をしたかったのでアルバイトをするつもりだったんです。1か月ぐらいは冷戦状態が続いたと思います。

先に折れたのは両親から。30歳手前までと自分で決めてやりたいことをしたいと伝えて、それを認めてくれた感じです。東京に送り出される時、父親は『ダメになったら、いつでも帰ってこい』と言ってくれました。反対していた理由についても、『何かあってもすぐに駆けつけてあげられない』と。すごくありがたかったですね」

百合さんは上京後、アルバイトをしながらバンド活動を継続します。そして28歳を迎えた時に最後のライブを都内で行います。そこには両親からの手紙と花束が届いていたと言います。

「『お疲れさま。やりきったと思えたならよかった』という言葉が入った手紙と、花束がライブ会場に届いたんです。びっくりですよ。私は何も知らされていませんでしたから。本当に嬉しかったです。いつでも背中を押し続けてくれた両親には感謝しかないですね」

百合さんはその後、上京のきっかけを作った男性と結婚。結婚には反対しなかったものの、結婚式の二次会で父親は『帰ってこいよ』という歌を熱唱し、寂しさを全面に押し出していたとか。百合さんは「旦那さんに惹かれたところはとても優しいところ。私をとても大切にしてくれるんです。父には言ってないけど、小さい頃から手に職を持っていた父親は私の理想でした。それに昔から今でもずっと母親をとても大切にしています。その優しい部分は父親と旦那はよく似ているんですよね」と笑顔で語ります。

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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