中納言家持『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

中納言家持、本名大伴家持(おおとものやかもち)は、奈良時代を代表する歌人で三十六歌仙のひとりです。家持は、名門である大伴氏の出身でした。大伴氏は代々、朝廷の軍事を担当する名家として知られ、家持の父・大伴旅人(おおとものたびと)も優れた歌人でした。まさに歌の家系に生まれたといえるでしょう。

彼の最大の功績は、『万葉集』の編纂に深く関わったことです。『万葉集』は現存する日本最古の和歌集で、全20巻、約4500首が収められています。その中で、家持自身の歌は473首にも及びます。これは『万葉集』全体の約1割に相当し、一人の歌人としては最多の数です。

官位としては、従三位・中納言にまで昇りました。「中納言」は朝廷の重要な役職で、天皇への助言や政務を担う立場です。つまり家持は、歌人としてだけでなく、政治家としても活躍した人物だったのです。

晩年は政治的な争いに巻き込まれ、死後に官位を剥奪されるという不遇な最期を迎えました。しかし、彼の歌は時代を超えて愛され続け、百人一首にも選ばれたことで、現代の私たちにもその名が知られているのです。

中納言家持の百人一首「かささぎの~」の全文と現代語訳

かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける

【現代語訳】
かささぎが翼を並べて渡したという橋に降りた霜が、こんなにも白く見えるのを眺めていると、すっかり夜も更けてしまったことだなあ。

『小倉百人一首』6番、『新古今和歌集』620番に収められています。

一読すると、霜の白さを詠んだ風景の歌のように感じられます。しかし、この歌には巧みな仕掛けが施されているのです。

「かささぎの渡せる橋」とは何でしょうか。実はこれ、中国の故事に基づいた表現なのです。中国の伝説では、七夕の夜、天の川を隔てられた織姫と彦星が年に一度だけ会うために、かささぎという鳥が翼を並べて橋を作るとされています。

ところが家持は、この「かささぎの橋」を、宮中の階段や廊下の白い霜に見立てているのです。つまり、中国の優雅な伝説を、目の前の宮中の夜景に重ね合わせているわけです。これは「見立て」という和歌の技法で、当時の貴族社会では、こうした教養を示すことが重要でした。

また、「夜ぞふけにける」という結句には、時の流れへの感慨が込められています。美しい霜の景色に見入っているうちに、いつの間にか夜が更けてしまった。その静かな時間の流れが、この歌全体に漂う余韻となっているのです。

中納言家持『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

中納言家持が詠んだ有名な和歌は? 

家持は『万葉集』に473首もの歌を残していますが、その中から特に有名な歌を紹介します。

うらうらに 照れる春日に ひばりあがり 心悲しも 独りし思へば

【現代語訳】
うららかに照っている春の日に、ひばりが空高く舞い上がっている。私の心はなんとなく悲しい。一人で物思いにふけっていると。

これは春の情景を詠んだ歌ですが、明るい景色と心の寂しさの対比が印象的です。「うらうらに」という柔らかい表現と、「心悲しも」という感情の吐露。家持の繊細な感性がよく表れています。

春の苑 紅にほふ 桃の花 したでる道に 出で立つ乙女

【現代語訳】
春の庭園で、あざやかな紅色に輝いている桃の花。その花の下まで赤く照り映えている道に、たたずんでいる乙女よ。

色彩感覚が素晴らしく、まるで絵画のようです。「下照る」(したてる)という表現は、花の色が地面まで染める様子を表しており、家持の鋭い観察眼が光ります。

中納言家持、ゆかりの地

ここでは、中納言家持ゆかりの地をご紹介します。

高岡市万葉歴史館

家持が国守として5年間を過ごした越中国(現在の富山県)は、家持ゆかりの地として特に有名です。彼はこの地をこよなく愛し、多くの優れた歌を残しました。家持の見たであろう美しい海辺の景色はまだまだ雄大さを残しています。

最後に

「かささぎの~」は、一見シンプルな風景の歌に見えますが、読み解いていくと、中国の故事への教養、宮中生活の情景、そして時の流れへの感慨といった、多層的な意味が浮かび上がってきます。

中納言家持という人物も、単なる歌人ではなく、政治家として、また『万葉集』の編纂者として、奈良時代の文化を支えた重要な存在でした。家持の歌は、千年以上の時を経た今も、私たちに当時の人々の感性や生活を伝えてくれます。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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