夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。水曜日は「クルマ」をテーマに、CRAZY KEN BANDの横山剣さんが執筆します。
文/横山剣(CRAZY KEN BAND)
「東洋一のサウンドクリエイター」横山剣です。「羊の皮を被った狼」。外見はおとなしいが、いざ走らせるとスポーツカー顔負けの性能を発揮するサルーンを表すフレーズですが、その元祖的なモデルが1963年に登場した「フォード・コルチナ・ロータスMk1」。当時の国産車でいえば「ブルーバード」や「コロナ」のような平凡なファミリーサルーンだった英国フォードの「コルチナ」にロータスが魔法をかけて、ツーリングカーレースで大活躍したモデルです。ちなみに、今では「コーティナ」という表記が一般的になっていますが、前回の「ムスタング」と同様、僕には「コルチナ」という響きのほうがしっくりくるんです。
ボディパネルの一部をアルミに換えて軽量化し、ロータス設計のサスペンションを備えたコルチナの車体に、「ロータス・エラン」と同じDOHC1.6Lエンジンを搭載。そんな「コルチナ・ロータス」を知ったのは、以前に紹介した「BMW」と同様、母親に買ってもらったミニカーがきっかけでした。もしかしたらノーマルの「コルチナ」のミニカーだったのかもしれませんが、記憶では白いボディに黄味がかったグリーンのストライプが入った「コルチナ・ロータス」なんです。グリーンのラインがリアに向かって膨らみながら、テールランプ周りまで入り込んでいるのが強く印象に残っているんですね。みなさんも“あのクルマといえば、あのカラー”というように記憶が関連することはありませんか?
実車との出会いは、20歳を過ぎた頃。レース経験もある、父親の知り合いが営む中古車ショップを手伝っていたときに、「適度に乗っていたほうが調子いいから」と、在庫車両だった「コルチナ・ロータス」のキーを預けてくれたんです。それで運転してみたら、想像していたよりもずっと乗りやすかった。エンジンが神経質なのかと思いきや、スムーズかつフレキシブルで、それでいて速い。ただしハンドリングは、オーバーステア(コーナリングの際にクルマが内側に切れこむこと)気味というか、ちょっとクセがありましたね。
そんな思い出の「コルチナ・ロータス」ですが、ひょんなことから鈴鹿サーキットでドライヴするチャンスを得るのです。今年の1月に開かれた「新春鈴鹿ゴールデントロフィーレース」。僕は欧州F3、F2時代に「黒い稲妻」の異名をとった桑島正美さん、「BMW」使いとして名を馳せた長坂尚樹さんという2人のレジェンド・ドライバーと共に、「BMW2002」で耐久レースにエントリーしていたのですが、予選走行中にエンジンが壊れて、決勝に出走できなくなってしまったのです。
がっかりしていたら、懇意にしている京都のロータス愛好家の方が、同日に鈴鹿で併催されていたタイム計測イベントに、彼の「コルチナ・ロータス」で出走できるよう取り計らってくれたのです。うれしかったですねえ。なにしろその「コルチナ・ロータス」は正規輸入され、「品5」で始まる新車以来のナンバーを付けた、ヒストリー、コンディションともに最上の1台だったんですよ。ありがたくドライヴさせていただきましたが、エンジンは驚くほどスムーズでポテンシャルが高く、借りものということを忘れてガンガン回しそうになっちゃいました。しかも飛び入りにもかかわらず、クラス3位の表彰までしていただき、災い転じて「大福」となったのでした。
「コルチナ・ロータス」のステアリングを握っている間、頭のなかに響いていたのはヒップスター・イメージの『メイク・ハー・マイン』。イギリスで1965年にリリースされ、モッズに愛されたクールで軽快なナンバーです。90年代に発売されたモッズのコンピレーション盤に入っていたことから日本でも知られるようになり、リーバイスのCMに使われたり、女子高生ビッグバンドを描いた映画『スウィングガールズ』でも、インストゥルメンタルで演奏されていました。モッズといえば、乗り物はベスパやランブレッタのスクーターですが、同時代の英国製サルーンである「コルチナ」にも、この曲の雰囲気がピッタリなんですよ。
そんな忘れがたいエピソードもあり、昔からずっと気になる存在の「コルチナ・ロータス」。機会があれば所有してみたいとは思いますが、構えずにスニーカー感覚で乗りたい気もするんです。となれば「コルチナ・ロータス」ではなく、スタンダード仕様のエンジンを改造して高性能にした「コルチナGT」という選択肢も考えられます。
もしかしたら、「コルチナGT」のほうが匿名性が高くてカッコいいかも。それで「コルチナ・ロータス」をちぎったら……。などと、どんどん妄想が膨らんでしまいます。それは、一見大人しそうな人の感情をあらわにした姿など、意外な一面を見てしまったときの驚きに似ているかもしれません。まさに「羊の皮を被った狼」。でも人の場合は、その反対もまた魅力的ですね。一見悪そうな、ワイルドな外見の男が心優しい紳士であったりすると。そう考えると、人もクルマも“意外性”が魅力のひとつなのかもしれません。
横山剣(CRAZY KEN BAND)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足。今年クレイジーケンバンドはデビュー20周年を迎え、8月1日(水)には3年ぶりとなるオリジナルアルバム「GOING TO A GO-GO」をリリース予定。9月24日(月・祝)には、横浜アリーナでデビュー20周年記念ライブも行われる。http://www.crazykenband.com