文・石川真禧照(自動車生活探険家)

もし、大人4人が無理なく乗れて、屋根が開閉できるオープンカーで、カッコよくて、速いスポーツカーが欲しいと思っていたら、マセラティ・グランカブリオを勧める。さらに、できれば誇れる歴史のある車という条件もつけ加えるとしたら、それはこの車しかないだろう。



マセラティは1914年、イタリア・ボローニャで創業した。当時は独自に開発した点火プラグを製造し、成功をおさめていた。やがて自社の点火プラグを用いたエンジンを載せたレーシングカーでグランプリレースを席巻。その名を知られるようになった。
レース用マシンだけでなく、市販のスポーツカーを手掛けたのは1947年。当時のスポーツカーは標準車体というのはなく、イタリアに存在していたカロッツエリアと呼ばれるデザイン工房が車体をデザインし製作していた。マセラティはこの頃に4人乗りのオープンスポーツカーを少数造っていた、という記録がある。その車は、レースで優秀な成績をおさめていたエンジンを搭載。レースでの知識が技術的な部分に用いられていた。
現在のマセラティ・グランカブリオは、2009年に初代が登場した。イタリアデザインのスポーツクーペで、2007年に発表されたグラントゥーリズモの車体を基本に、屋根を取り払ったオープンカー。屋根の代わりに用いられたのは、特殊な生地を使用した布製の幌だった。一般的にはオープンカーでも、閉じたとき快適な室内にするために金属や樹脂製の屋根を採用することが多い。しかし、スポーツカーであることを主張しているこの4人乗りオープンカーは、車両重量が増加するだけでなく、車の上半分が重くなることで重心が高くなってしまうことを嫌い、布製の幌を選んだのだ。


幌を閉じたグランカブリオの後席に座ってみた。前席を前方に倒し(もちろん自動)、身体をもぐりこませる。着座位置は低め。座面の中央にカップホルダーが張り出しているので、左右の座席の行き来ができないセパレートの2座席になっている。幌を閉じていても頭上の空間は、身長165cmまでなら圧迫感はない。背もたれはやや幅が狭いが、体をしっかり支えてくれる。足元も前席を最後端にしなければ、身長165cmクラスであれば膝に少し余裕がある。シートベルトはセンターコンソールの上部から肩かけ用が左右に伸びている。背の低いスポーツカーの中では、実用的な後席を備えている。
ちなみに、この幌は時速50キロまでなら前席の液晶画面で操作でき、約15秒で開閉することができる。




幌は車体後部のトランクの中に収納される。幌を収納したときに上下の高さは狭くはなるが、スーツケースなら2個は置ける広さが確保されている。幌を収納していないときは、ドライバーを抜いた状態のゴルフバッグが1セット収納できる。これもスポーツカーとしては珍しいぐらい広いトランクだ。

幌を開け、オープンエアの状態にしたグランカブリオは、もうひとつの顔を楽しませてくれる。
4人乗車でのパレード走行も面白いが、ふたりのときは標準装備のウインドストッパーを使えば、室内に巻きこむ風を整流してくれる。また、冬場の寒い空気の中でのオープンエアドライビング時には、背もたれの首にあたる部分から温度調整が可能な温風が吹き出し、気持ちの良いドライビングを可能にしてくれる。
グランカブリオの室内は、厳選された素材とイタリアらしい細部にまで美しさにこだわったデザインで、エレガントかつ高級感に溢れている。前席前中央に機械式時計を備えているのは、1980年代にマセラティが採用していた特徴。当時のスイス・ラサール社製のナツメ型金時計とは比べものにはならないが、今でもマセラティを象徴するインテリアだ。


自社製のV6、3.0Lガソリンツインターボエンジンの咆哮を楽しみながら、家族や仲間との旅のときはラグジュアリーな4人乗りで、ひとりのときはパドルシフトを操りながらのリアルスポーツドライビングで……グランカブリオはいくつもの運転の感動を1台で味わえるラグジュアリースポーツカーだ。

新開発のV6エンジンは、エンジンルームの奥、室内に喰いこむように搭載されたフロントミッドシップで、車の前後重量バランスを良くしている。


マセラティ・グランカブリオ トロフェオ
全長×全幅×全高 | 4959×1957×1365mm |
ホイールベース | 2929mm |
車両重量 | 1895kg |
エンジン | V型6気筒ガソリンツインターボ/2992cc |
最高出力 | 550ps/6500rpm |
最大トルク | 650Nm/3000rpm |
駆動形式 | 4輪駆動 |
燃料消費量 | 9.4km/L(WLTC) |
使用燃料/容量 | 無鉛プレミアムガソリン/ 70 L |
ミッション形式 | 8速AT |
サスペンション形式 | 前:ダブルウイッシュボーン/後:マルチリンク |
ブレーキ形式 | 前:ベンチレーテッドディスク/後:ベンチレーテッドディスク |
乗員定員 | 4名 |
車両価格(税込) | 2915万円 |
問い合わせ先 | 0120-965-120 |

文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。
撮影/萩原文博