文/池上信次

「ビル・エヴァンス真の愛奏曲(https://serai.jp/hobby/1044010)」の続きです。今回は第3位の「スパルタカス愛のテーマ」について。
この「スパルタカス愛のテーマ」(原題:「Spartacus Love Theme」)は映画『スパルタカス』の音楽のひとつ。映画は日米ともに1960年公開。スタンリー・キューブリック監督、カーク・ダグラス製作総指揮・主演の長編映画(186分)です。作曲はアレックス・ノース(1910〜1991)。ノースは多くの映画音楽を手がけており、アカデミー賞作曲賞に『スパルタカス』を含む15作品がノミネートされ、生涯功労賞を受賞している巨匠です。また、1965年にライチャス・ブラザーズが歌って以来ポップスの大スタンダードとなった「アンチェインド・メロディ」の作曲者でもあります。

「スパルタカス愛のテーマ」は、サウンドトラック盤にはアレンジ違いで「エンド・テーマ」としても収録されています。このメロディはいくつものアレンジで劇中何度も流れますが、この映画の音楽の中ではもっとも印象に残るメロディだと感じます。また、他の勇壮な音楽との対比で、たいへん効果的な使われ方をしています。

名作映画として、また音楽もよく知られるところですが、「愛のテーマ」を演奏しているジャズマンはさほど多くはありません。モダン・ジャズ・ファンならビル・エヴァンス、クラブ・ジャズ・ファンならユセフ・ラティーフの演奏が代表的かつ、当時のほぼすべてといえるところでしょう(エディ・ハリスやジョン・ヤングなどの録音はありますが)。ジャズ・スタンダードというよりは、このふたりの「持ち歌」というところですね。

ユセフ・ラティーフ『イースタン・サウンズ』(ムーズヴィル)
演奏:ユセフ・ラティーフ(オーボエ)、バリー・ハリス(ピアノ)、アーニー・ファーロウ(ベース)、レックス・ハンフリーズ(ドラムス)
録音:1961年9月5日
ユセフ・ラティーフはこの曲では、ジャズではめずらしいオーボエで演奏しています。この曲は21世紀になって、DJサンプリングの素材曲としてもよく知られるようになりました。

では、どうしてほかのジャズマンたちは演奏しなかったのか? 

映画の悲劇的なラストシーンで流れるのがこのメロディです。映画を観た方なら、このメロディとシーンは不可分ですよね? それこそが優れた映画音楽の条件といえるでしょう。今では映画のストーリーとこの「愛のテーマ」の結びつきを感じる人は少ないでしょうが、当時はヒット映画ゆえ、きっと多かったはず。当時多くのジャズ・ミュージシャンは、これが優れた映画音楽ということを知っていたからレパートリーとして取り上げなかったのではないか、というのが今回の考察のテーマ。

この連載ではこれまで「映画音楽由来のジャズ・スタンダード」をいくつも紹介してきましたが、有名ジャズ・スタンダードの多く、たとえば「星影のステラ」や「夜は千の目を持つ」にしても、じつは「映画は映画、音楽は音楽」で、双方密接なものは少ないようなのです。つまり、(映画だけではありませんが)音楽以外の特定のイメージが強くくっついている楽曲はジャズ・スタンダードになりにくいのではないか、と思うのです。なぜなら名曲であっても、演奏以外にリスナーの気が向いてしまうから。ジャズにおいて楽曲は素材であり、聴かせる対象はあくまで「演奏」であるべきだから。

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ビル・エヴァンス『ザ・ソロ・セッションズ vol.1』(マイルストーン)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)
録音:1963年1月10日
エヴァンスの「スパルタカス」初演はこのソロ・ピアノ演奏。「ナルディス」に繋がるメドレーで、メロディを確かめるように演奏されています。発売前提の録音でしたが当時はお蔵入り。そして翌月に多重録音ピアノ・アルバム『自己との対話』(ヴァーヴ)で再演しました。

ユセフ・ラティーフが録音したのは映画公開の1年後の1961年、エヴァンスは63年。ふたりのアプローチはまったく違うので、おそらく関連はないでしょう。ただ、きっとふたりとも映画は観ていたに違いありません。

この曲はメロディの強さが魅力ですが、(あえて言えば)そのくり返しだけで構成されるこの曲の単調さは、ジャズのアドリブ演奏の素材にするには弱いかもしれません。取り上げられないのはそういう理由もあるかも。でもラティーフはそれを生かし、ジョン・コルトレーンが「マイ・フェイヴァリット・シングス」でやっていた当時最新のアプローチ(リアルタイム有名曲のメロディ断片を3拍子モードに乗せる)を試みたとも聴こえます。

そしてエヴァンスは、メロディの強さを生かしながらも、映画と切り離して「自分の曲」にできると考えたのでしょう。曲は使うけれど寄りかからないというか。最近の発掘ライヴ盤でもこの曲のトリオ演奏が聴けますが、どのヴァージョンも、エヴァンスの曲といわれればそう聴こえるほど、エヴァンスらしさにあふれています。

名曲のジャズ演奏は、曲を食うか曲に食われるかの戦いでもあるのですね。

エヴァンスの「真の愛奏曲」とは?【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道127】(https://serai.jp/hobby/1044010
ヴォーカル版「デビイ」の謎【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道128】(https://serai.jp/hobby/1045042
「モニカのワルツ」が残したもの【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道129】(https://serai.jp/hobby/1045723
エヴァンスが自作曲を放棄した?理由【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道130】(https://serai.jp/hobby/1046697

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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