文/池上信次

ジャズマンは同じ曲を何度も録音しています。同じ演奏は2度とない(できない)ジャズですから、同じメンバーによる同じ曲の、同じアレンジの録音であっても、それはそれで意味のあることです。ですから、ジャズでは同じ曲をライヴ・アルバムなどで何度も録音することは多いですが、でもほんとうに魅力ある曲と感じているならば、ただくり返すだけではなく、手を替え品を替え、その曲を演奏し尽くそうとするのではないでしょうか。有名ミュージシャンでも、同じ曲をアレンジを変えて演奏をくり返している例は、じつは多くはありません。でもそういった曲こそが、きっと「真の愛奏曲」といえるものでしょう。

というわけで、今回はビル・エヴァンスの真の愛奏曲を探ってみます。エヴァンスは死後に発表された発掘音源(特にライヴ)がたいへん多いのですが、ここではそれらを除外し、スタジオ録音盤、生前に発表されたライヴ盤、そして(発売前提の)スタジオ録音のいわゆるお蔵入り音源、つまりエヴァンスが録音・発表を認めていたものに限って、アレンジ違いヴァージョンをカウントしてみました。共演名義のアルバムも含みます。なお、ライヴ・アルバムは、初発表盤のみを1ヴァージョンとしてカウントしました。

エヴァンスがもっとも愛した曲は何か? ファンのみなさん、予想してみてください。

ビル・エヴァンス・ウィズ・ジェレミー・スタイグ『ホワッツ・ニュー』(ヴァーヴ)
演奏:ジェレミー・スタイグ(フルート)、ビル・エヴァンス(ピアノ)、エディ・ゴメス(ベース)、マーティ・モレル(ドラムス)
録音:1969年2月、3月
エヴァンスには少ない管楽器との共演盤。トリオ演奏で知られる「枯葉」も、フルートとの熱いブロウにリードされ、トリオとは違ったパワフルな印象。

では、ベスト3の発表です。

まず第3位から。3位は同数で5曲あります(順不同)。それぞれ3ヴァージョンがレコーディングされています。

第3位:「スパルタカス 愛のテーマ」
収録アルバム:『ザ・ソロ・セッションズ Vol. 1』『自己との対話』『ホワッツ・ニュー(ジェレミー・スタイグとの共演)』
●ソロ、多重録音ピアノ、フルート入りカルテットの3ヴァージョンあります。映画『スパルタカス』のテーマ曲ですが、この曲は他にやっている人は少ないので、エヴァンスの看板とも言っていいかもしれません。

第3位:「星影のステラ」
収録アルバム:『自己との対話』『アット・シェリーズ・マン・ホール』『ア・シンプル・マター・オブ・コンヴィクション』
●ジャズ・スタンダード中のスタンダード。トリオのスタジオとライヴ、そして自身の多重録音で。この曲はマイルス・デイヴィス・グループでも録音があります。

第3位:「オール・ザ・シングス・ユー・アー」
収録アルバム:『アット・シェリーズ・マン・ホール』『イントゥイション』『ザ・ソロ・セッションズ Vol. 2』(同曲のテーマなし「ユー・アー・オール・ザ・シングス」含む)
●ソロ、デュオ、トリオの3ヴァージョンで聴けます。デュオはエレクトリック・ピアノで演奏。

第3位:「ファンカレロ」
収録アルバム:『ザ・ビル・エヴァンス・アルバム』『ルース・ブルース』『スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス』
●エヴァンスのよく知られるオリジナル曲。管楽器と相性がいいのか、2ヴァージョンはテナー・サックスとの共演。

第3位:「サンタが街にやってくる」
収録アルバム:『トリオ’64』『続・自己との対話』『ザ・ソロ・セッションズ Vol. 2』
●クリスマス・ソングですが、エヴァンスは季節に関係なく録音しています。じつはモニカ・ゼタールンドとのセッションでもエヴァンスはこの曲の録音を残しています。しかもエヴァンスが歌まで歌っています。まさかそこまで好きだとは(CDボーナス・トラックで後年に発表)。これを数に入れると第2位に浮上します。

ビル・エヴァンス『トリオ’64』(ヴァーヴ)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)
録音:1963年12月18日
クリスマスの時期の録音だから「サンタ」を演奏したのかというと、そうではないようですね(発売が季節外れになることは承知しているでしょうし)。ただただこの曲が好きなのでしょう。

では第2位。それぞれ4ヴァージョンあります。

第2位:「サム・アザー・タイム」
収録アルバム:『エヴリバディ・ディグス・ビル・エヴァンス』『ワルツ・フォー・デビイ』『ワルツ・フォー・デビイ(モニカ・ゼタールンドとの共演)』『ザ・トニー・ベネット・ビル・エヴァンス・アルバム』
●レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル曲。ちょっと意外だったかも。ヴォーカルが2ヴァージョンありますが、ヴォーカル+ピアノ・トリオとヴォーカル+ピアノの別編成です。

そして第1位は……やっぱりこの曲でした。全部で6ヴァージョン。

第1位:「ワルツ・フォー・デビイ」
収録アルバム:『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』『ワルツ・フォー・デビイ』『ノウ・ホワット・アイ・ミーン(キャノンボール・アダレイとの共演)』『ワルツ・フォー・デビイ(モニカ・ゼタールンドとの共演)』『ザ・ビル・エヴァンス・アルバム』『ザ・トニー・ベネット・ビル・エヴァンス・アルバム』
●エヴァンスのオリジナルといえばこの曲。全6ヴァージョンも録音がありました。名実ともに代表曲であり、愛奏曲といえます。トリオはアコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノで。そしてソロ・ピアノから、ヴォーカル、管楽器との共演まで、エヴァンスはこの曲の魅力をさまざまな形で表現しています。

—–

ビル・エヴァンス『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』(リヴァーサイド)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)
録音:1956年9月18日
(データは「ワルツ・フォー・デビイ」のみ)
これはエヴァンスのデビュー・アルバム。「ワルツ・フォー・デビイ」の初演はここに収録。演奏はソロ・ピアノで、わずか1分20秒の小品ですが、これがどんどん発展し、生涯の最多アレンジ曲になりました。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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