文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1045042)に続いて「ワルツ・フォー・デビイ」(以下「デビイ」)のヴォーカル・ヴァージョン(以下「歌版」)について。そこではモニカ・ゼタールンド、トニー・ベネット、ジョニー・ハートマンを、歌版「デビイ」の最初の3人(1964年録音)と紹介しましたが、そのあとも何人もの著名ヴォーカリストが録音しています。

サラ・ヴォーン『ラヴァーズ・コンチェルト』(マーキュリー)
演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、ルチ・デ・ジーザス(編曲、指揮)オーケストラ
録音:1965年10月20日、11月10日~12日
収録曲の「ラヴァーズ・コンチェルト」がヒットしたため、国内盤はこのタイトル。原題は『Pop Artistry』。ビートルズ、バカラック、プレスリーらのポップスの大ヒット曲に並んで「ワルツ・フォー・デビイ」が収録されています。

*リタ・ライス『コングラチュレイションズ・イン・ジャズ』(フィリップス)1965年
*サラ・ヴォーン『ラヴァーズ・コンチェルト』(マーキュリー)1965年
*トニー・ベネット(再演/ビル・エヴァンスと共演)『トニー・ベネット&ビル・エヴァンス』(ファンタジー)1975年
*ヘレン・メリル『ラヴ・イン・ソング』(トリオ)1977年
*マーク・マーフィー『サティスファクション・ギャランティード』(ミューズ)1979年

などがあります。21世紀に入っても、2004年にはシェリル・ベンティーンやアル・ジャロウ、2008年にイリアーヌ・イライアスの録音があります。

さて、上記ヴァージョンはいずれも英語の歌詞を歌っています。前回紹介のように、これは作詞家のジーン・リースが書いたもの(ちなみに1971年にはジーン・リース本人! が歌うアルバム『ジーン・リース・シングス・ザ・ジーン・リース・ソング・ブック』(カナタ)も発表され、「デビイ」もやってます)。英語歌詞は前回紹介のとおり。モニカが歌ったスウェーデン語の歌詞は、「飾らない、美しい、優しい私のワルツのメロディ。このメロディはあなたの思い出とともにあり続ける」という内容。エヴァンスは、モニカとのレコーディングの後の66年にも、スウェーデンを訪れモニカと共演していますので、モニカが歌う「デビイ」=「Monicas Vals」はお気に入りだったはずです(ふたりの演奏映像が残されている)。

英語版歌詞は、のちに自身が伴奏してトニー・ベネットが歌うアルバムを作っていますので、両方の歌詞が「エヴァンス公認」といえるものでしょう。言語圏で考えると、英語歌詞「デビイ」はワールドワイド版、スウェーデン語歌詞「Monicas Vals」はスウェーデンのローカル版というイメージをもってしまいますが、調べてみるとそうではなく、スウェーデンでは「Monicas Vals」は「デビイ」とは優劣なしの別曲という認識のようなのです。

モニカ・ゼタールンド『アー!モニカ!』(フィリップス)
演奏:モニカ・ゼタールンド(ヴォーカル)、ゲオルク・リーデルス・オーケストラ
録音:1961-62年
モニカの伝記映画『ストックホルムでワルツを』(2013年スウェーデン公開)では、モニカとベッペ・ヴォルゲシュによる「スウェーデン語のジャズ」についてのシーンも登場します。エヴァンスも出演。もちろん役者ですが。

じつはモニカはエヴァンスとのセッションの前に、「スウェーデン語でジャズを歌う」ことにずっとチャレンジしてきていたのでした。「Monicas Vals」の歌詞を書いたのは作家のベッペ・ヴォルゲシュ。モニカは「デビイ」の前に、「ウォーキング・マイ・ベイビー・バック・ホーム(歩いて帰ろう)」「テイク・ファイヴ」「ダット・デア」「スピーク・ロウ」など、ジャズ曲をスウェーデン語で歌ったアルバム『アー!モニカ!』を1962年にリリースし、スウェーデンでヒットさせていたという実績があったのです(アルバムの歌詞のほとんどはベッペによるもの)。ですから「Monicas Vals」も自信をもってエヴァンスに売り込んだ、ということでしょう。結果は大成功で『ワルツ・フォー・デビイ』のレコーディングが実現したわけですが、そこには「モニカがエヴァンスに認められる」「モニカが世界に知られる」以上の意味があったのです。

それは「スウェーデン語のジャズ」がエヴァンスに、ひいてはジャズの国アメリカで、さらには世界で認められたということ。Spotifyで「Monicas Vals」を検索すると、30曲近くがヒットします。そこには有名無名メジャー自主制作問わず並ぶわけですから内容はさまざまですが、「Monicas Vals」ですからどれもスウェーデン語のヴォーカル・ヴァージョンです。日本でも知られているところでは、スヴァンテ・スレッソンやカトリーヌ・レガーの名前があります(ちなみにSpotifyはスウェーデンの企業ですが、ほかのサブスクよりも「Monicas Vals」が多いということはないです)。各種ディスコグラフィーなどをみると、音の確認はできませんがさらに数十ヴァージョンはあります。この数から考えると「Monicas Vals」は「デビイのスウェーデン語版」ではなく、モニカ・ゼタールンドが作った(歌った)「Monicas Vals」として認識されているとみるべきでしょう。

興味深いのが、そのリストにテナー・サックス奏者スヴェン・オロフ・ピーターソン(1939年生まれ)の名前があったこと。彼のアルバム『SOP』では、インストにも関わらず「Monicas Vals」のタイトルになっているのでした。ピーターソンとモニカは、彼女が有名になる前から交流があるらしいのですが、そうはいってもメロディだけですから、これは「ワルツ・フォー・デビイ」とするべきところ。でも、そこをあえて「Monicas Vals」にしたところに、スウェーデンにおけるモニカ人気を見る気がします。スウェーデンにおいて「Monicas Vals」は、エヴァンスの人気曲のローカル版ではなく、モニカの探求によって生まれ、世界のお墨付きを得られた「スウェーデン語のジャズ」の代表曲なのです。

付け足しですが、「デビイ」にはフィンランド語で歌われたヴァージョンも存在します。アーティストはアンキ・リンドクヴィスト(と読むのかな?/Anki Lindqvist)、1967年に「Ankin valssi」(アンキのワルツ?)というタイトルで歌っています。歌詞内容はわからずです。すみません。そして、日本語歌詞で歌われたヴァージョンもあります。土岐麻子が『Touch』(エイベックス/2009年)で歌っています。車のCMにも使われていましたのでご記憶の方もいるかも。作詞は土岐麻子と永見浩之で、その内容は英語版ともモニカ版ともまるで違う「失恋ソング」。デビイは登場しませんがタイトルはそのままなので、知らない人には「デビイって何?」となってしまうことでしょう。エヴァンスはどう思うかな?

オリジナル・サウンドトラック『ストックホルムでワルツを』(ユニバーサル)
演奏:エッダ・マグナソン(ヴォーカル)、ペーター・ノーダール(編曲)
発表:2013年
モニカの伝記映画『ストックホルムでワルツを』(原題『Monica Z』)は、ヴォーカリストのエッダ・マグナソンが主演を務め、「歩いて帰ろう」「モニカのワルツ」「テイク・ファイヴ」などモニカのスタンダードをたっぷりと歌いました。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ「絶対名曲」』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究 3』『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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