文/中村康宏

「瞑想」は故・スティーブ・ジョブズ氏やビル・ゲイツ氏、クリントン夫妻、イチロー選手など、各分野で活躍されている実に多くの方が実践しています。「瞑想」と聞いたときにあなたはどんな印象をもちますか? 「スピリチュアル」?「宗教」?「怪しい」と感じる人も多いのではないでしょうか。

しかし、その効果や機能が検証されるにつれて、瞑想はただ「健康によさそうな」 方法ではなく、実証に基づく心理療法である可能性が示唆されています。今回は、そんな瞑想について、医学的な立場から解説します。

■瞑想は様々なところで導入されている

瞑想は、集中力を高める、自己コントロール力をあげる、ストレスコーピング力をあげる、などの効果から多くの企業や臨床現場で使われています。ニューヨークのウォール街で瞑想が大流行していたり、グーグルやヤフーなど社員研修・福利厚生で使われているのは有名です。臨床現場では、うつ病の再発予防や全般性不安障害、摂食障害などの心身症に効果があるだけではなく、生活習慣病の予防にも有効であると考えられています(*1)。さらに、人間の認知機能にも瞑想が影響を与えることが示されています。例えば、ワーキングメモリー(短期記憶)の容量や注意の持続機能の向上、集中力、認知的柔軟性(問題の新しい捉え方)に影響を与えることが知られています。また、肩こり・腰痛やがん性疼痛などの痛みを和らげたり、コントロールするために瞑想を勧める医師が増加しています(*2)。

■なぜ瞑想は怪しいイメージがあるのか?

瞑想にはスピリチュアルや宗教というイメージがありますが、なぜそのようなイメージが付きまとうのでしょうか?それは、宗教の真理に至る過程と瞑想の過程が重複している部分が多いからです。

まず、瞑想は「5感」を使って一つ一つの感情に注意を払うことで、他の情報や感情を排除でき、感情をリセットしたり集中力を高めることができます。一方、宗教、例えば仏教では、5感に反応して働く「自動思考」までを感覚器と位置づけ、合わせて「六根」と呼び、六根によって引き起こされる心の動きに集中するように努めます。そうすることで得られる「今ここ」の現実との確実な感触は、仏教の解く無常・昔・無我という3つの真理の理解を深める土台となります(*3)。

■瞑想で起こる体の変化

脳機能向上
タバコやお酒の依存には脳の背外側前頭前野、前頭前野、前帯状回、内側眼窩前頭皮質と呼ばれる部分の機能不全がかかわっているとされています。同部をMRIで解析してみると、数時間の瞑想で、同部の活動が有意に増えたことが確認されています。(*4)

自律神経のバランス改善
脳で「ストレス」と認知された刺激は迷走神経に代表される自律神経系、内分泌系、免疫系を介して全身に伝達され、身体的、心理的な反応を引き起こし、精神疾患以外にも生活習慣病など様々な疾患の引き金になると考えられています。瞑想はこの「ストレス」と感じる刺激を減らすことでき、自律神経のバランスが崩れにくい状態を作ります。自律神経の指標である「心拍変動 (RR間隔変動) 」などを瞑想前後で比較したところ、瞑想することで副交感神経活動の亢進状態が導かれ、その状態を持続させる事ができることが明らかとなっています(*5)。

■注目の「マインドフルネス瞑想法」とは

近年、瞑想の効果が注目されていることは前述の通りです。数ある瞑想法の中で、最も広く活用されている瞑想法 の 1つに「マインドフルネス瞑想法」があります。マインドフルネスは、「今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく、能動的に注意を向けること」 として定義される自己の体験に対する特殊な注意の向け方です(*6)。

マインドフルネス瞑想法は「認知行動療法」の一つで、最も古典的な第一世代の「行動療法」、第二世代の「認知療法」に続く第三世代の認知行動療法として注目されています(*7)。これらの認知行動療法は、いずれも実証研究を背景としており、高い効果が実証されています(*8)。特にマインドフルネス瞑想法は、古典的な認知行動療法よりも効果的だった人が多く、 再発率が低いことから行動変容を要する多くの疾患群に応用されてきています。

■意外と身近なマインドフルネス瞑想法

瞑想がパフォーマンスを向上させる原理の一つとして「脳への情報遮断」が知られています。例えば、スポーツ心理学において、「ルーティン」と呼ばれる儀式的な動作は、不要な情報を遮断し集中力を高めることが知られています。バスケットボール選手がフリースローをする前に必ずボールを 2回バウンドさせたり、野球選手が打席に入る前に毎回一定のストレッチの手順を行うなどがその例です。また、作家がホテルの一室に自分を缶詰状態にするのも同様の効果があります。

マインドフルネス瞑想法もこれらと同様に、自分のカラダ(動き・呼吸・身体感覚など)やココロ(感情・思考など)に注意を向け、余計なことを考えないようにすることを可能にします。

多様な治療法に共通の作用メカニズム:注意機能・距離をおくスキル (+)は増強、(-)は低減をしめす。注意機能と距離をおくスキルが向上することが、多くの心理的な治療技法の効果を仲介する。(引用:The Japanese Journal of Research on Emotions 2008: 16; 167-77)

これはヨガや座禅でも取り入れられています。例えば、座禅における「調息(ちょうそく)」も、深呼吸してリラックスしようとするのではなく、ただ自分の呼吸に注意を向けてそれをゆっくり数える呼吸のモニタリングです(数息観)(*9)。

■マインドフルネス瞑想法をやってみよう

マインドフルネス瞑想法は、ネガティブ感情の制御を高め、日々の活動のパフォーマンスを良好にし、健康観(well-being)の感覚を達成させると考えられています。

ポイントは「ゆっくりした動作」
日常生活において無意識 にしている歩行や食事のような自動化した動作を、時間をかけてゆっくり繰り返してみるだけでもマインドフルネスがどのようなものか体験することが可能です。スポーツの経験者であれば、すでに体得し自動化されているスポーツの基本的な動作(例えば、ゴルフのスイングの動き)を通常の数倍の時間をかけて行ってみることで類似の体験ができます。途中で雑念が浮かぶこともありますが、それを雑念と認識し、今行っている動作に注意を戻します。

例えば、座って瞑想をするときには、息が入ってきて出ていくのに合わせて膨らんだり縮んだりする身体感覚に注意を向けます。 「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み…」と心の中で 唱えて、自分のカラダの動きとその認識を一致させます。途中で「かゆい」などの感覚や別の考えが頭に浮かぶこともありますが、それらを「雑念、雑念」と認識し、次には 「戻ります」 と心の中で言いながら、呼吸に伴う身体感覚に優しく注意を戻します。呼吸は1分間に6回を目安とし15分以上続けることが望ましいでしょう。

以上、瞑想について医学的な立場から解説しました。ストレスの多い社会ではありますが、問題点から距離を取ることで上手にストレスコーピング(ストレスへの対処)でき、自分の感情をコントロールしやすくなります。この効果に加え、生活習慣病の予防、認知機能向上、疼痛緩和など様々な効果が報告されており、手軽に誰でもどこでもできる「瞑想」が注目を集めています。まずは一度実践してみてはいかがでしょうか?

【参考文献】
1.感情心理学研究 2008: 16; 167-77
2.Cognitive Therapy and Research 2008: 32; 303-22
3.心身医 2012: 11; 1047-52
4.Proc Natl Acad Sci USA 2013: 110; 13971-5
5.Jpn J Psychosom Med 2017: 57; 836-42
6.Kabat-Zinn 1994: New York: Hyperion
7.Hayes, Folette & Linehan, 2004
8.杉浦義典. 2004. 誠信書房
9.Georg Thieme 2003


文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。

 

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