文/中村康宏
前回の記事『ストレスとうまく付き合うための注目メソッド【予防医療最前線】』では、自分の認知モデルを知り、つまずいている部分に対し的確に対処・修正する究極のストレスコントロール・メソッドをご紹介しました。このストレスコントロール・メソッドはもともと“認知行動療法”と呼ばれ、ストレス対処法としてだけではなく、睡眠、栄養・食行動、運動・身体活動、喫煙、飲酒などの健康行動を適正に維持するためにも非常に重要な役割を果たすと言われています。今回はそのストレスコントロール・メソッドと認知行動療法について詳しく解説します。
■認知行動療法の歴史
認知行動療法には50年以上の歴史があり、心理精神科の領域では広く認識されている治療法です。1950年代まではフロイトに代表される精神分析療法が主流でしたが、現代社会では自己コントロール能力を高めるように施される精神療法が求められるようになり、認知行動療法が誕生しました。認知行動療法は、構造化されていて、比較的短期間で治療効果が判断できる点が特徴的で、他の精神療法と比較して認知行動療法の優れている点と言えます。(*1)
日本においては、2010 年 4 月にうつ病などの気分障害に対して「認知行動療法」の健康保険適応が認められました。(*2)「認知行動療法」は精神療法の一つで「精神科でやること」「病気の人が受けるもの」という認識が日本の医療者、患者さんともにあり、病気になる前の人、つまりプチ不調に悩まされている人に使われるケースはほとんどありません。一方、欧米では精神科領域に止まらず、“病気にならないため”の方法として認知行動療法やメンタルヘルスに特化したストレスコントロール・メソッドが使われています。その理由には、体調管理や働くためのカラダ作り、ストレスコントロールも自己管理の範疇と考えられ、中途半端な管理をしていては、医療費負担や解雇を含めた人事評価など全て自分に返ってくる社会背景があります。
■日本での位置付けが低い理由
これまでの説明で認知行動療法が有用そうに思う人も多いでしょう。しかし、認知行動療法のことを知らなかったひとも多いはず。なぜ認知行動療法がそんなに認知されていないのでしょうか? そこには日本ならではの理由があります。
(1)認知行動療法を求めて外来に訪れた患者さんに対して、認知行動療法を提供できないという精神科医も少なくないのです。3分診療に代表される内科と比べて精神科では長めに診察時間が設定されていますが、長くても平均の診察時間は15分前後です。総合病院の精神科では、1日の外来診療で合計 100 名近い患者を診察する医師もいるのが現実で、多忙な総合病院精神科医師が診療に割ける時間はごく限られています。(*3)
(2)医師が行う認知療法・認知行動療法の診療報酬は480点(H30現在)(病院の報酬は4800円)と定められており、1時間で 1人の患者に認知行動療法を実施するよりも、患者数を増やして通院精神療法を算定するほうがクリニック全体の診療報酬が高くなるため、認知行動療法を積極的に導入する医療機関は多くありません。(*3)
(3)認知行動療法に習熟するには一定のトレーニングを要すことに加え、病気(うつ病など)でない人に対する認知行動療法/ストレスコントロールのトレーニングプログラムが存在しないのもネックです。
(4)薬物療法に重きを置く日本の保険医療制度の特性上、精神科のみならず内科などにおいても認知行動療法の位置付けは低いのです。欧米では不眠の第一選択治療は認知行動療法になりますが、日本ではいきなり眠剤を処方され、認知行動療法を選択する医師はまずいません。
■認知行動療法/ストレスコントロール・メソッドってどんなもの?
認知行動療法は、人間の思考・行動・感情の関係性に焦点をあて、行動医学の理論を用いて思考や物事の受け止め方などを修正する能力を鍛えることができます。それにより感情・行動をより暮らしやすいものに整えることができ、症状や問題を解決することができます。これは、精神科のみならず、不眠・禁煙・がん治療・疼痛など様々な分野で用いられています。自分自身が感じる症状や生じる問題、それによる悪循環を理解するために、面談やグループディスカッションなどを通じて困難をどのように捉え(=認知)、どのように行動しているかに関して自己の気づきを促します。辛いこと、ストレス、 痛みが生じたとき、より適応的な対応ができるように、 対象者の状況や習慣に合わせて有効な対処方法を紹介して、困難に対処するための武器を増やすことができます。(*4)ストレスコントロール・メソッドは認知行動療法をベースに、健全なメンタルヘルス維持のために応用されたものです。
■認知モデルを分解すると…
『ストレスとうまく付き合うための注目メソッド【予防医療最前線】』では出来事と感情/行動の間に認知モデルがあり認知モデルの違いによって同じ出来事を経験してもそれに対する感情や行動が異なることを説明しました。
その認知モデルはさらに細分化でき、以下の3つのフィルターから構成されます。最下段にある“行動/感情”はスキーマ、推論、自動思考のフィルターを通してできた生成物なのです。
【スキーマ】:その人の基本的な人生観や価値観、信念であったり、環境に適応するためにその人が決めたルールです。生まれながらの性質や過去の経験などの影響を受けて、形成されてきたものです。幼少期に、両親からどのように育てられたか、なども関係します。
(例)両親に優秀な子であることを期待されて育ち、大人になっても「どんな環境でも優秀な子でないといけない」と潜在的に考えている。
【推論】:一般化、全か無か思考、マイナス思考、すべき思考…など、自動思考の元になる考え方の特徴です。
(例)〇〇すべき!と考えがちな「すべき思考」
【自動思考】:さまざまな場面、状況で、パッと瞬時に沸き起こる思考やイメージ。気分や行動、時には体の状態によって影響を受けます。
(例)同じプロジェクトの同僚に「これぐらいやるべき」と考え、相手に自分の期待したものを過度に求めてしまう。
感情・行動:スキーマ、推論、自動思考のフィルターを通してできた生成物。
(例)期待した成果を上げない同僚にイライラする、がっかりする。
■ストレスコントロール・メソッドの全体像
ストレスコントロール・メソッドは以下の図のようにセッションが進みます。
毎回取り組むターゲットが明確で、徐々にステップアップし、平均して15回でストレスコントロールのスキルを身につけることができます。まず、日常生活の行動/感情を分解する方法と歪んだ自動思考を見つける能力を養い、それを修正する術を学びます。次に、歪んだスキーマを見つけ、それを修正する能力を養います。修正するノウハウは日常生活で身につくことが多く、セッションでは主に自動思考・スキーマを修正し日常生活に活かすための術を学びます。ストレスコントロール・メソッドの成否の8割は歪んだ思考・推論に気づくことだと言われており、セッションを通し「立ち止まって、何につまづいているのかを分析する」トレーニングを繰り返し行います。(*5)
以上、ストレスコントロール・メソッドと認知行動療法について解説しました。ストレスコントロール・メソッド/認知行動療法はセルフケアの一環として応用することができ、欧米では広く活用されています。ストレス対処法としてだけではなく、睡眠、栄養・食行動、運動・身体活動、喫煙、飲酒などの健康行動を適正に維持するためにも非常に重要な役割を果たしており、生活習慣病予防に本気で取り組みたい人/取り組むべき人にとっても有益です。心身ともに健康であるために、まず、ご自身の行動/感情に改めて向き合ってみませんか?
【参考文献】
1.精神療法 2011: 37; 3–7
2.認知行動療法:医療現場のコミュニケーション、医療心理学的アプローチ. 2008
3.Jpn J Gen Hosp Psychiatry 2014: 26: 234-8
4.統合的観点から見た認知療法の実践―理論、技法、 治療関係―2011. 岩崎学術出版社
5.SBIRT
文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。