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【日本ワイン生産者の肖像5】中澤一行・由紀子さん夫妻(ナカザワヴィンヤード)|会社員からワイン生産者に。次代へと繋ぐワイン造りの理性と情熱

取材・文/鳥海美奈子

その白ワインは、可憐な少女のような佇まいを持っている。決して大胆に、飲み手に迫っては来ない。しかしその可憐さの奥にライム、グレープフルーツ、かりん、林檎、洋梨、ライチ、白い花、ハーブのディルなど、さまざまな白ワインの香りの要素を複雑に含み持ち、まるで花束のブーケのようにも感じられる。

それはパワフルな欧米のワインとは明らかに違う、繊細な日本ワインらしい魅力である。油脂類で味を構成する洋食と違い、和食は出汁の旨みにより食材の味わいを生かす。そんな日本の食卓に、無理なく寄り添ってくれる。

ナカザワヴィンヤードのワインは現在、この「クリサワブラン」のみ。使われるぶどう品種はピノ・グリ、ゲヴュルツトラミナー、ケルナー、シルヴァーナ、ピノ・ノワール、オーセロワなど15種類である。

さまざまなぶどう品種が植わる、一枚続きの広々としたナカザワヴィンヤードの畑。

十分なぶどうの収穫量があればゲヴェルツトラミナー、ケルナー、ピノ・ノワールなどを単体の銘柄でも販売するが、近年は難しい状態が続いている。

2016年は通年のたった3割、2017年は増えたとはいえ7割の収穫量だった。この数字は日本最北の地、北海道でのぶどう栽培の厳しさを、まざまざと表現している。

たとえば2016年は、ぶどうの花が咲いたあと気温が下がり、雨が降ったことにより「花ぶるい」が起きた。開花しても受粉しないまま花が落ちたり、たとえ受粉してもすぐに成長が止まり、小さな実が落下してしまうのだ。

下草を生やしてぶどうを栽培する、生命力に満ちたぶどう畑。

その2016年の「クリサワブラン」を試飲してみた。従来のやさしい印象の奥に太く厚い酸と味わいの集中力があり、ミネラル感もぐっと浮き立ってくる。

涼しい年というヴィンテージ由来の厚い酸ではあるが、すでにワイン造りも10年を越えて、より完成度が上がってきたことも理由のひとつだろう。

その「クリサワブラン」は収穫したあと、すべてのぶどう品種を一緒に醸造する、いわゆる混醸の形をとる。

最初の頃は、ぶどう品種ごとに別々に醸造してワインを造り、最後にブレンドしていた。その方法であれば、ブレンド比率を変えることにより、造り手が好みの味わいに調整できる。

それに比して、収穫したぶどうすべてを生かす混醸はその1年間の畑の自然、そしてテロワールをワインへとスケッチするに等しい。

ナカザワヴィンヤードのワインのラベルに描かれるのは、六芒星。六芒星は竹籠の網目を意味する。竹籠の網目は農業のシンボルであり、そこには天地も表現されている。

そのラベルは自然の産物であるワインと、自らの仕事へのオマージュともいえるだろう。

15品種のワインを混醸する「クリサワブラン」3000円(税抜)。2017年ヴィンテージは10月頃発売予定。

ナカザワヴィンヤードのファースト・ビンテージは2005年。北海道の新規ワイナリーのなかでは比較的早い創業である。ここのワインと出逢い、北海道でのワイン造りの可能性にはじめて気づいたという人は少なくない。

現在の北海道ワインの隆盛を見るときに、その意味でもナカザワヴィンヤードの存在は欠かせない。

当主の中澤一行・由紀子さん夫妻は、ともに東京や千葉などの首都圏で生まれ、育った。しかし、中澤さんが31歳の時に、北海道へ移住することになる。

中澤夫妻。奥様の由紀子さんもぶどう栽培に携わる。担当の畑の区画をわけるのは「お互い自分のやりたいことができるから」

「いつかは北海道に住みたいと思っていたんです。友達に誘われて大学時代、計画性もなく、知識もないまま北海道へ行った。その景色の広大さに、とにかく驚きました。出逢った人々も親切で、面白かった。いい意味で、ここは日本ではないと感じられました」

それでも就職は、大学で機械工学を修めた知識を生かし、大手電機メーカーに入った。生産技術の分野で、機械開発の仕事に携わった。

「特にその仕事がやりたいという感じでもありませんでしたが、それが自然の流れだった」。移住は、その仕事にもようやく慣れてきたと感じたときの決断だった。

契機のひとつは、当時の就職情報誌『ガテン』の記事を偶然、目にしたことだった。その巻頭には歴史ある大手のワイナリー「北海道ワイン」に転職した銀行員のエピソードが綴られていた。

「銀行マンにできるのであれば、自分もやれるのではないかと思いました。北海道で暮らすなら、屋内ではなく太陽の下で働きたい、農家がいいなとは思っていたんです。でも当時は、就農という言葉すらまだ一般的ではなかった時代です。こんなふうに農業に携われる方法があるんだと驚きました」

北海道ワインの役員に手紙を書き、熱意を伝えると面接の時間を作ってくれて、あっけなく採用された。妻の由紀子さんは、仕事があるなら別に移住しても構わないとの柔軟な考えだった。

ぶどう栽培は未知の連続で、中澤さんの心を捉えた。最初の1年を終えると、やがてワインの醸造にも興味を抱くようになっていく。

「大手のワイナリーは分業制で、ぶどうを育てても、どういう工程でワインになるかを見ることができません。やがて農場の責任者となり、自分の裁量で栽培するようになると、このぶどうなら本来はもう少し良いワインができるのではないか、山梨の小さなワイナリーに行こうかとも考えるようになりました。歯車でいることに飽き足らなくなったんです。最初から最後まで自分でやりたい、手応えのある仕事をしたいと思うようになった」

大手では自分のやりたいことができないと、独立を決意する。北海道ワインのぶどう畑が空知地方の三笠市にあったことから、近隣の旧栗沢町に畑を購入、2002年にぶどう栽培をスタートした。北海道ワインの畑は北斜面だったので、空が広く、日当たりの良い南斜面を選んだ。

住居は、畑のすぐ横に位置している。古民家を再生した。

住居は太い梁などを生かした、風情ある建築物。1階の窓からはぶどう畑を望むこともできる。

その頃、同時にもうひとつの出逢いがあった。現在のドメーヌ・タカヒコの当主であり、当時は栃木県のココ・ファームでぶどう栽培責任者を務めていた曽我貴彦さんと知り合う。畑は購入したが、醸造設備を持つことは考えていなかったので、独立後は古巣の北海道ワインへ委託醸造しようと考えていた。

しかし、ココ・ファームと組むことになり、より高い自らの理想のもとワインを造る夢を抱くことができた。

ココ・ファームの醸造責任者はアメリカ人のブルース・ガットラヴさんであり、そこでは日本の最先端のワイン造りが実践されていた。

自らのワインを造るにあたり、中澤さんが選んだのはピノ・グリ、ゲヴュルツトラミナー、シルヴァーナというぶどう品種である。それに加えてブルースさんからの依頼で、ケルナーも植えた。

北海道の農業はつねに長い冬と夏の冷害、つまりは寒さとの闘いだった。それはぶどうも例外ではない。

北海道はワイン用ぶどう栽培の北限の地である。そのため以前は寒冷な気候でも育つ清見、セイベル13053、ツバイゲルト、ミュラー・トゥルガウ、ケルナーなどがおもに栽培されていた。ブルースさんがケルナーを選んだのは、すでに北海道では実績のあるぶどう品種であり、高品質なワインができるという安心感ゆえだった。

「たとえ前例がなくとも、北海道らしく酸の残る、爽やかさのあるワインを造りたいと思う自分にとって、シルヴァーナはとても魅力的でした。うまくいけば美味しいドイツのフランケンのようなワインができるのではないかと考えていたから、挑戦したかった。でも周囲からはシルヴァーナなんて抜いたほうがいいと言われましたね」

シルヴァーナだけでなく、ゲヴュルツトラミナーやピノ・グリも、当時の北海道ではまだあまり栽培されていなかった。しかし、「ここのように冷涼な地であれば、日本でもゲヴェルツトラミナー本来の華やかな香りが出るのではないか。ピノ・グリも糖度と酸のバランスのいい果実が採れるかもしれない」と中澤さんは考えた。

さらにはココ・ファームと組み、北海道でどんなぶどう品種を栽培できるのか可能性を探ろうと、試験的に30種ほどのぶどう品種とそのクローンを植えた。そのひとつがピノ・ノワールだった。

フランスのブルゴーニュを原産とするピノ・ノワールは、高級赤ワインを造れる魅力的なぶどう品種であり、冷涼な気象を好むことから、北海道でも明治時代から繰り返し試験栽培がおこなわれてきた。しかし、ワイン後進国であり、ぶどう栽培法やワイン造りへの思想が確立されていない日本では、なかなか成功しなかった。

しかし中澤さんは試行を重ねるなかで、北海道でも充分にピノ・ノワールが栽培できるとの確信を深めていった。

ワインの初リリースは2007年。約10年間にわたり、さまざまな挑戦をしてきた。

理系の思考とワイン造りへの情熱を併せ持った中澤さんの試みは、それだけにとどまらなかった。

2005年からはビオディナミにも挑戦した。ビオディナミは1924年、オーストリアのルドルフ・シュタイナーにより提唱された農法である。ビオディナミでよく知られるひとつが、天然成分を使ったプレパラシオンを畑に撒くことだ。日本語では、しばしば調合剤と訳される、そのプレパラシオンは500~507番まである。

北海道バイオダイナミック協会の勉強会に参加し、そのすべてのプレパラシオンを作り、畑に撒いた。

たとえば500番は、牛糞を使う。その牛糞を発酵させて堆肥化する際には、水牛の角に入れて地中に埋める。秋分の頃に畑の土のなかに埋めて、春分を過ぎたら取り出す。約半年後に取り出した牛糞は臭いや粘りがほとんどなく、さらさらとした手触りで、土といっても過言ではないような芳香がある。

そして501番は、石英や珪石などを粉末状にしたクオーツを使う。クオーツは太陽光を反射させる力を持ち、光合成をより盛んにして、ぶどうのつるや葉の成長を支える。そのため6月下旬頃に撒く。

「でも、今はすべてやめてしまいました。プレパラシオンの原料は、もともと日本の農業では使わないものが多いんです。牛の角に糞を入れる500番も、ヨーロッパでは家畜がいたから取り入れられたのだと思います。でも、日本では牛の角を入手するのも一苦労です。それよりは、日本で自然栽培を実践した福岡正信さんなどの東洋的な思想のほうがいいと感じるようになりました。なにも畑に加えることなく、その土地の力だけでぶどうを栽培する。だからいまは、肥料も使っていません」

福岡正信さんは、フランスなどのナチュラルワインを造る生産者のなかにも多くの信奉者がいる。人間は自然の一部であるという東洋的思想のもと、科学は不完全で不要なものだから、畑では「何もしない」ことが大事だと、そう唱えた。

「ただし、惑星や月の運行といった天体の周期を生かしながらぶどう栽培や醸造をおこなうビオディナミカレンダーは現在も活用しています。なかでも苗木を植えるタイミング、ぶどうの収穫日、瓶詰めの日など重要な作業のときは、カレンダーどおりにやっています」

それは、日本の農事では古くから行われてきたことでもある。月の満ち欠けに基く陰暦を活用して種を蒔いたり、収穫期を決めるのは、大地と生きる人々にとって至極当然のことだった。

さらに2016年にフランスのジュラ、アルザス、ブルゴーニュ地方を巡った時にも新たな発見があった。「樹液の流れを考慮しておこなう剪定のやり方を教わったんです。そうすることで樹の寿命も延びるとアドバイスを受けました」

剪定の時期も変えた。冬の気温が-25度にもなる空知では、冬のあいだはぶどうの木を雪の下に寝かせておく。外気よりむしろ温かい雪のなかに置くことで、ぶどうの凍害を防ぐのだ。そのため北海道の生産者は、ぶどうの摘み取りが終わった11月上旬~12月に枝の剪定をおこなってきた。それはときに腰まで雪にうもれながらの非常に厳しい作業である。

「いまはざっくりと秋冬に枝を切っておいて、最終的な剪定は春におこなうことにしました。雪が少ない年は、凍害の心配もある。それに切り口から雑菌が侵入することなどを考えると、春剪定のほうがぶどうの木にとっては望ましいからです」

そんな中澤さんの新たな一歩が、KONDOヴィンヤードの当主・近藤良介さんと「栗澤ワインズ農事組合法人」を設立し、昨年10月に醸造所を建設したことである。

この数年は、ブルースさんが北海道に創業したワイナリー10Rの醸造所を借りてきたが、これで完全に独立を果たしたことになる。

「栗澤ワインズ農事組合法人」の醸造所は、住居もお願いした北海道在住の建築家・宮島豊氏に依頼した。

そこでの初仕込みとなった2017年ヴィンテージは、10月1日に収穫を始めた。オーセロワ、ゲヴェルツトラミナー、ケルナー、ピノ・グリ、ピノ・ノワール、シルヴァーナと熟した順に収穫した。

それらのぶどうすべてを使う「クリサワブラン」はステンレスで発酵し、翌年5月頃に瓶詰めをする。さらに5か月ほど瓶内で熟成させて、10月頃にリリースしている。

ステンレスの発酵槽が並ぶ、新しい醸造所。2017年ヴィンテージはロゼも発売される予定だ。

「環境が整えば、熟成の期間を半年長くしたいですね。現在は容器の管理が楽なのでステンレスを使っていますが、いつか600Lの大樽などでも仕込んでみたい」

中澤さんの語り口は、つねに穏やかだ。断じて、自らを強く主張することがない。その理智に加えて、現在53歳と、新興ワイナリーの生産者のなかでは比較的年上という年齢によるものもあるもしれない。

「ワインは1年に1回の自然の産物ですから、あと何回、自分はワインを造れるのかと考えたりもします。与えられた環境や場所で淡々と良いワイン、美味しいワインを造る。それを続けていくだけです。北海道のワイン造りはポテンシャルあると最近、ますますそう感じているんですよ。やることがまだまだあると、楽しみになっている。これからはシルヴァーナをより増やしていきたいですね。派手な個性はないけれど、ハーブ香と分厚い酸により冷涼感のあるワインができるので。あとはサヴァニャン、アリゴテ、ガメイもやってみたいと思っています」

現在、日本ワインは空前ともいえるブームの状況にあり、ワイナリーが多々誕生している。しかし、「それに踊らされないように、私は今までどおり淡々と造っていくだけです」と静かに答えた。

「クリサワブラン」の価格は3000円。新興ワイナリーが高い値付けをする傾向にあるのを考えると、大変に良心的に思える。

だが、「いえ、価格は十分高いと思います。すべて売りきれば生活できますから」と言い、中澤さんは笑った。

そして将来については、こう話した。

「最近は自分のやってきたことを誰かに伝えていきたいと、そう思うようになりました。ワイン造りだけでなく、根本にある物の見方、考え方も継承していくことができれば、と」

妻の由紀子さんとふたりで築き上げてきたそのワイン造りの技と理性と情熱を、次代へと受け渡す。そういった連鎖が起きた時、日本ワインは単なるブームに終わらず、真の文化となり得るだろう。中澤夫妻の今後の歩みを、見続けたい。

瓶詰め時のSO2(亜硫酸塩)をどれくらい入れるかなど、さまざまに話し合いながらともにワインを造る。

取材・文/鳥海美奈子

2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在して、文化や風土、生産者の人物像などとからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)。また現在は日本の伝統文化、食や旅記事を『サライ』他で執筆している。

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