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【日本ワイン生産者の肖像4】近藤良介さん(KONDOヴィンヤード)北海道・空知でジョージアの古式グベヴェヴリ製法に挑む

取材・文/鳥海美奈子

そのワインには、スケール感がある。伸びやかで、ダイナミックで、香気が漂う。どんな分野でも、一心に努力すれば80点を取ることはそれほど難しくはないだろう。しかし100点、120点をたたき出すのは、決して容易ではない。

北海道・空知地方にある「KONDOヴィンヤード」のワインは、その大台超えを果たす、未来への予感に満ちている。

たとえば、ソーヴィニヨン・ブラン。大きめのグラスに注ぐとトリュフを思わせる芳香が、むんむんと立ち昇る。その色香の奥には、白胡椒や柑橘、蜂蜜のニュアンスも顔を出す。目の詰まった、伸びやかで、悠々とした酒質。雄大だ。母なる大地のワインである。

右から「KONDOヴィンヤード ブラン」2016年(3564円)、「タプ・コプ ブランZ」2015年(3780円)、「タプ・コプ ピノ・ノワール」2016年(3780円) ※いずれも税込価格

しかし、なぜソーヴィニヨン・ブランの概念を覆す、このような味わいになるのか。一般にはハーブ香が特徴であり、むしろ涼やかさ際立つぶどう品種だ。

「いわゆるテロワールなのだと思います。でも、同じ空知地方でもすべてのソーヴィニヨン・ブランがこういう味になるわけではないんです。水はけがよく、ぶどうの木に水分ストレスがかかること。厳しい環境により自然に収量が落ちること。そのぶどうを遅摘みにすること。そういった条件が整ったものだけに、トリュフ香が漂うようです」

KONDOヴィンヤードの当主・近藤良介さんは語る。

KONDOヴィンヤードの当主・近藤良介さん。

そのソーヴィニヨン・ブランが植わるタプ・コプ農場に畑を拓いたのは2007年のことだった。畑は三笠市達布にあり、アイヌ語の地名を生かした「タプ・コプ」には「盛り上がったような丘」の意味がある。

その名の如く、畑は小高い山の一角に位置している。北海道は土地が広大なため斜面にぶどう畑を拓く人は少ないというが、ここの斜度は20度あり、水はけがいい。

近年はワイン産地として有名になった北海道ではあるけれど、冬は畑が一面、雪に覆われる。酷寒な気候は、ぶどうにとってはまぎれもなく厳しい環境だ。

北海道・空知にある「KONDOヴィンヤード」のぶどう畑は、12~3月頃まで一面雪に覆われる。ぶどうの木を雪の下に横に寝かせることで凍害を防ぐ。

北海道の二大ワイン産地は余市とこの空知地方だが、空知のほうがより気温が低く、昼夜の寒暖差も激しい。そのためぶどうの収量は余市と比べてかなり低くなる。

そのタプ・コプ農場は、近藤さんが畑を切り拓く以前は耕作放棄地であり、広葉樹が生い茂っていた。

「当時、ワイナリーを立ち上げるためにぶどう畑を探していたんです。いくつか候補があったものの交渉が上手くいかず、立ち消えてしまっていた。この小高い山の前に立った時、”ここだ”というインスピレーションを感じて、決めたんです」

土地は、滝沢ワイナリーの所有地だった。そこを借り受ける形で、近藤さんの営みが始まった。20年間、放棄されていた土地にはシラカバやカラマツ、ニセアカシアなどの雑木や雑草が生い茂っていた。ブルドーザーを借りて、その木を1本ずつ切り倒していく。葛や笹の根を掘り起こし、地道に開墾作業を続けた。40日ほどかけて、ようやく農地として使用できる状態になった。

「できるだけ自然そのもののところがいいとは思っていました。考えてみれば農地だったところは、すでに使われている化学合成農薬や化学肥料が土壌から抜けるのに時間がかかる。だから、ここは理想に近かったといえます」

その畑に佇む近藤さんを見て、あのトリュフ香漂う雄大なソーヴィニヨン・ブランが生まれた理由を、感知した。野生。土地のポテンシャルと、そして生産者という人間の心根に宿る、野生である。

「僕の母方の曾祖父母は、福井から北海道へと移住してきたんです。僕が小さい頃はまだ生きていて、移住直後の苦労話を聞かされていた。原生林を倒していちから畑を拓いた時、その大木がとてつもなく大きかったとか、イナゴが襲来してきたとか。僕がタプ・コプを切り拓いたのも、そういう話を聞いていたからやろうと思えたのではないでしょうか。北海道開拓民のDNAを自分は受け継いでいると感じます」

タプ・コプ農場には、10種類のぶどう品種を混植する区画もあり、それは「konkon」という銘柄でリリースされる。当初は6種類だったが、少しずつ品種を増やしてきた。ソーヴィニョン・ブラン、ケルナー、ゲヴュルツ・トラミナー、リースリング、シャルドネ、シルバーナ、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエである。

ピノ・ノワールも深い余韻と伸びやかな酒質を持つ。「タプ・コプの畑は、ぶどうの芽などを食べるウサギとの闘いの連続だった。その仇敵をラベルには描こうと決めていた」(近藤さん)。

タプ・コプの畑の一部を担当する弟の拓身さん。以前は、デザイン関係の仕事をしていた。KONDOヴィンヤードのラベルは拓身さんの手による。

混植にしたのは、品種の個性ではなく、土地の個性をワインに表現したいと考えるゆえだ。

「混植は広い意味で、ぶどう以外の植物も多種多様に生育する状態と考えています。そこでは、昆虫や微生物ものびのびと暮らしている。独立する前に働いていたワイナリーでの経験から、さまざまなぶどう品種や動植物が相互に介在し、共存しているほうが病気にも強いとわかっていました」

畑仕事は、ぶどうを観察し続ける作業だ。わずかな変化に気づき、対処していく。化学合成農薬や化学肥料を使わずにぶどうを育てるためには、そうやって畑に身を置き続けるしかない。

「畑仕事も、単一品種だと数本のぶどうを見ただけで、様子がわかったような気になってしまうんです。でも混植だと、春に芽が出始めた頃なんかは自分でも時々、どのぶどう品種か判断できなかったりします。畑にいると比較の連続で、それがとても面白い。そうすると自然、ぶどうの木を観察し続けることになるので、その意味でも理想的な環境だと思っています」

畑の多様性を理解しようと、ぶどうを植栽した2008年から、畑に生える草花の種類や量を観察し、記録した。当時、25種類だった草花は、10年間で52種類にまで増えたという。

ぶどう畑に生息する草花を図鑑で調べて、印をつける。研究熱心な一面をよく物語っている。

その混植した畑のぶどうは一度に収穫し、混醸により一緒に仕込む。その際は、いわゆるオレンジワインと同じ「醸し」という方法を取る。銘柄名の「konkon」は、その混植、混醸を意味している。

「konkon」の香りや味わいも、また常識外れだ。スモーキーさ、白い花、柑橘、スパイス。さまざまなぶどう品種の香りや味わいが交互に、織り重なるように、幾重にも表情を変えて、時間ごとに現れてくる。後味には美しい酸があり、それが全体の味わいのトーンを支える。

近藤さんの試みは、それだけにとどまらない。一般に生産者は、ぶどうの苗を苗木屋から購入する。しかし、彼の畑は自根が多い。自根とは、冬になる前に剪定した枝を雪の下に寝かせておき、春になったら土に差し、根が張ったあと畑へと植え替える方法である。

「自根だとフィロキセラというぶどうの病気にかかるリスクがあるし、収量も少なくて生産性は落ちますが、自らの畑で育ったぶどうを増やすことに興味があります」

フィロキセラとは19世紀にヨーロッパ全土を襲い、ぶどう畑を壊滅的にさせた寄生虫のことである。現在は、フィロキセラに耐性を持つアメリカ由来の台木に、ヨーロッパ系ぶどう品種を接ぎ木し、植えるのが一般的だ。それによりフィロキセラの被害を防ぐ。

「接ぎ木は果物栽培で一般的にやられている方法です。たとえばメロンはよくカボチャの台木に接ぎ木するんですよ。そうすると、メロンに少しカボチャの風味が出る。つまり、台木の影響はやはりあるんです。長期的に見るとどちらか一方に偏らず、自根の挿し木と接ぎ木がバランスよく存在するほうがいいと考えています。現在は、周辺のワイナリー数軒と接ぎ木用の苗づくりにも取り組んでいるんです」

山をいちから切り拓いたタプ・コプ農場。広葉樹をいくつか残し、農作業に疲れた時はその下で休む。

近藤さんにはタプ・コプ以外に、岩見沢市栗沢町茂世丑にもうひとつ「モセウシ」という畑がある。牛の餌のとうもろこしやじゃが芋を栽培していた農家が離農により土地を手放すことになり、2011年から新たに手に入れた畑だ。モセウシはアイヌ語で「イラクサが多いところ」を意味する。自根比率はタプ・コプ2割、モセウシ4割である。

「タプ・コプは耕作放棄地で、土壌もほとんど自然な状態に戻っていたので、比較的問題が少なかった。ぶどう栽培もスムーズで、10年経った今は、たとえなにかあってもほとんど畑のなかで解決できる状態です。でも、モセウシはまだ以前使われていた化学合成農薬などの影響がある。そのためさまざまな品種、自根や接ぎ木などを試しました。混植比率もタプ・コプが2.5割に対して、モセウシ4割とより増やしています」

粘土質土壌のタプ・コプに比べて、モセウシはより痩せた土壌だ。かつて使われた除草剤や化学肥料の影響で棲息する微生物も少ない。抗生物質を与えられていない馬の糞を堆肥化して、隣町からダンプで運び、半年に一度ほど撒く。さらには稲わらをおき、赤クローバーの種も撒いた。豆科であるクローバーは窒素を固定してくれる。つまりは、窒素肥料の代わりになるのだ。

「最近は、イネ科の植物が生えてきました。クローバーを植えたことにより、少しずつ土壌が肥沃になってきた証拠です。今では微生物も増えて、ぶどうの根と微生物のあいだに共生関係もできてきた。ここまでくればしめたものです。農地としてある程度、安定した状態になるまでに6年かかりましたね」

現在、基本的には化学合成農薬、化学肥料、除草剤は使わない。ただし、ビオ至上主義ではなく、どうしても必要な際は撒くこともある。

その近藤さんは、北海道恵庭市出身だ。高校の時、オーストラリアのゴールドコーストに1年間、留学した経験を持つ。外国で暮らし、日本的な考え方を客観的に見る”外部の目”を獲得したことは、近藤さんのダイナミックな価値観になにかしらの影響を与えたのではないだろうか。

「祖父に、外国という違う世界を見ておいたほうがいいと言われたんです。その後、神戸外語大学に進学して、英語を活かす仕事に就こうかと考えましたが、決め手がなかった。就職活動をしながら、自分がなにをしたいかわからず悶々としている時に、同級生の京都の実家で3日間、稲刈りの手伝いをしたんです。自然は好きだったけれど、農業を仕事にできるとは思っていなかった。食べものを作れることに魅力的を感じて、農家になるにはどうしたらいいかと調べ出したんです」

北海道の公的機関に新規農業者を支援する仕組みがあると知り、訪ねた。野菜や畑作農家のもとへ研修に行ったが、魅力を感じられない。歌志内市にある市営のワイナリーで、ぶどう畑の管理者を探していると聞いた。

「”うたしない”という地名も知らなかったし、ワインもまったく飲んだことがなかった。でも、孤立無援でいきなり農業を始めるより、公務員なら生活基盤もあるし、周囲にも理解してもらえると思って、働くことにしたんです」

1年間、余市のぶどう栽培農家として有名な藤本農園で研修。その後、歌志内のワイナリーで1999年から8年間、ぶどう栽培に従事した。

人生の歯車が大きく回転し始めたのは、2005年のことだった。技術交流のあったナカザワヴィンヤードの中澤さんご夫妻の紹介で、栃木県のココ・ファームワイナリーに、ぶどうを委託醸造する。そこでブルース・ガットラヴさんと出会う。カリフォルニアでワインコンサルタントとして活躍後に日本へ移住、ココ・ファームで醸造責任者をしていたブルースさんのもと、本格的なぶどうの仕込みを初めて経験する。

「醸造したのは、ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールです。傷んだぶどうを取り除く選果をここまで完璧にするのかと、その妥協のない姿勢に驚きました。ブルースさんにはワイン造りにおいてぶどうが最も重要であり、醸造ではほとんど手を加えないという哲学があった。当時のほかの日本の生産者より2歩も3歩も前を行っていました」

この時点では、働いていた歌志内太陽ファームのワインは培養酵母の比率が9.5割だった。しかし翌春、近藤さんのワイン造りが決定的に変わる。ブルースさんなどとともに渡仏、ロワールやシャンパーニュのビオディナミ生産者を訪れたのが契機だった。

「日本を発つ時、2005年のソーヴィニヨン・ブランが瓶詰め直前を迎えていました。なんとか間に合わせて、フランスに持っていった。客観的に見ても、そこそこ良いワインだったと思います。でも、ロワールの生産者マルク・アンジェリは香りを嗅いですぐに、”これは培養酵母ですね。培養酵母を使うと、世界中のどこでワインを造っても同じ香りになってしまう”と見抜いて、試飲すらしてくれなかったんですよ。それがとてつもない衝撃でした」

ワイン生産者としての真の覚醒が、この時、起きた。

「畑も醸造も、自然な造りは決して無理ではない、必ずできるとわかった。その頃の自分はいかに有機に近づけようかとぶどう栽培にもすごく力が入っていたんです。けれどマルク・アンジェリは畑仕事も昔ながらのやり方で、それを当たり前に、淡々とやっていた。そのぶどうやワインに対する真摯な姿勢に感動しました」

帰国後、すぐワイン造りを劇的に変えた。まず、化学合成農薬の使用をいっさいやめた。するとベト病などが蔓延し、ぶどうの収量は1/5まで落ちた。そして、醸造も完全に自然酵母へと切り替えた。やがて独立を模索し始める。

「ワイン造りを深く愛し、自らの農業と生活、未来の地球のあるべき姿にまで思いを馳せる。自分らしく生きて、かつワインの本質に近づきたいと望むなら、やはり畑を持ち、自分の責任の範囲で農業、ひいてはワイン造りをしなければならないと感じました。それまでも、いつかは独立しようと考えてはいたんです。でも、フランスへ行ったことが歌志内太陽ファームをやめる最後のひと押しになりました。その頃、長男がまだ小学1年生で不安もありましたけれど、きっと一生勤め人では終わらないだろうと妻も理解してくれていたので、踏み切ることができた。その当時のヴィンテージのボトルを見ると、あの頃の感情がありありと浮かんできます」

独立から4年後、ブルースさんが同じ空知地方にカスタムクラッシュワイナリー10Rを設立する。「近藤さんの栽培したソーヴィニヨン・ブランやピノ・ノワールを見て、良質なぶどうができる地だとわかっていた」と、ブルースさんは北海道に決めた理由のひとつを、そう語っている。

以来、近藤さんは10Rで委託醸造を続けてきた。しかし、やがて自分で完結してワインを造りたいと、強く希求するようになっていく。

「醸造の際にはやはりブルースさんの意見を聞くので、たとえ自分で判断したとしても、ブルースさんのエッセンスはなにかしら入ると思います。その殻を破りたいと感じるようになりました」

刺激を与え合ってきたナカザワヴィンヤードの中澤夫妻、そして畑仕事をともにする弟の拓身さんや妻とともに、「栗澤ワインズ農事組合法人」を設立。昨年10月、完成したばかりの新たな醸造所は、モセウシの畑のすぐ横に佇む。

2017年のぶどう収穫のまさに直前、10月上旬にできたばかりの栗澤ワインズの醸造所。

その醸造所で特筆すべきは、今、世界的に注目されているグベヴェヴリを導入したことにある。グベヴェヴリとは素焼きの壺で、なかには蜜蝋が塗られている。2016年9月、近藤さんはジョージア(グルジア)に旅した。ニカ・ワイン、アワー・ワイン、雉の泪などのワイナリーを訪ねて、グベヴェヴリの醸造を実際にその目で見た。ジョージアはワイン発祥の地とされ、グベヴェヴリは紀元前6000年から使われ始めている。

「イタリアのフリウリの生産者パオロ・ヴォドピーヴェッツが自分のドメーヌに来てくれた時に、ステンレスタンクは人工的だから酵母が活動しづらいと話していたんです。そこから樽やグベヴェヴリといった自然素材を使う発酵や醸造を考えるようになった。ジョージアはワイン造り発祥の地だけあって、ぶどう栽培で病気という概念そのものがないし、醸造もそれほど苦労がない。グベヴェヴリにぶどうを入れて、半年~1年かもしっぱなしなんです。ぶどう栽培やワイン造りに気候があっているんですね。ただ北海道はより気温が低いからうまくいくか、いかないかはまだわからない。醸造の際は、重い石でがっちり蓋をして開けない、つまり空気と触れないようにしています」

醸造所を訪れた時、そのグベヴェヴリでkonkonの仕込みが行われていた。ぶどうを破砕し、皮や種とともに発酵、醸造する、まさにジョージアと同じ方法である。

「konkonに使うぶどうは、種や茎まできちんと生理的熟成をしたものだけです。これ以上ないというくらい厳しく選果をしました。皮や種とともに醸すので、そこは妥協できなかった。やることはやったので、あとは結果が楽しみです」

そのグベヴェヴリは全部で8個ある。ジョージアから輸入した750Lと610Lがひとつずつ。そして北海道斜里市の窯元で製造してもらったのが6つで、90~170Lの大きさだ。

10種のぶどう品種を一緒にグヴェヴリで醸す「konkon」。初の仕込みのためどのように発酵するか、観察し続ける日々が続く。

現在はフランスやイタリアでも「アンフォラ」と呼ばれて様々な生産者がグベヴェヴリに挑戦しているが、カーヴのなかに樽などとともに置かれているのが一般的だ。しかし、ジョージアでは伝統的に地中に埋める。近藤さんの醸造所もそれに倣っている。

「土のなかに埋めると、ワインへの空気の流入がより緩やかになります。それも大事なことだと、ジョージアの生産者たちは話していました。また発酵の際のワインの温度も、地中だとよりゆっくり上昇するので、発酵も穏やかに進んでくれる。でも、理由はそれだけではないんです。現地では牛を放して、くつろいでいるところにグベヴェヴリを埋めると聞きました。つまり、大地のエネルギーがよりあるところを選んでいる。自分のワインにも、地球のエネルギーを取り込みたいという想いがあります」

地中に埋められたグベヴェヴリ。日本では、本格的に採用している生産者はまだ稀だ。

グベヴェヴリを使ったことによりワインの味わいがどう変化するか。それは近藤さん自身にとっても未知数だ。現段階のワインがすでに素晴らしいために、マイナスに作用しないかと心配する声が周囲にあるのもまた事実だろう。

2016年はぶどうの収量が少なく、「konkon」の銘柄は造れなかった。2017年は現在、グヴェヴリで醸されている最中だ。

「他の人が見たらなぜそれをやるのか、根拠はあるのかと感じるかもしれません。でも、これまでも自分の直感やインスピレーションに正直に突き進んできた。ずっと考え続けて、もやもやとしていたものがある日、ぴたりとひとつの思考として定着する。グベヴェヴリもそうでした。それを実行することが、僕にとってはとても大切なことなんです。とはいえ、自己満足で終わるのは嫌ですね。楽しかった、だけで終えたくない。それではまったく意味がないので。もし自分が日本でのやり方を確立すれば、きっと誰かが続いてくれる。そうやって日本におけるグベヴェヴリの醸造を、次代へと繋げていきたいと願っています」

8000年にわたり、脈々と続いてきたグベヴェヴリによるワイン造り。そこに新たな価値と意義を見出して、精神の野生の挑戦は続く。

2017年のぶどうが仕込まれている新しい醸造所の樽。ピノ・ノワールは225L、ソーヴィニヨン・ブランは640Lの大樽を使う。

取材・文/鳥海美奈子
2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在して、文化や風土、生産者の人物像などとからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』。また現在は日本の伝統文化、食や旅記事を『サライ』他で執筆している。

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