文/中村康宏

昨年、「代替医療、死亡リスク2.5倍」というニュースを目にした人も多いでしょう。アメリカでも「Alternative medicine kills cancer patients(代替療法は、がん患者を殺している)」として大きく取り上げられ、がん治療のあり方を考えさせられるニュースとなりました。

これは、がん治療でハーブやビタミン投与などの代替医療を選んだ米国の患者が5年以内に死亡するリスクは、外科手術や抗がん剤などの標準治療を選んだ患者の2.5倍になるとの研究結果が出たからです(*1)

では、がん治療において、代替療法は危険なのでしょうか? 何が問題なのでしょうか?

今回は、がん治療の選択肢についての基礎知識とともに、「代替療法」をめぐる現状と課題について解説します。情報を鵜呑みにせず、自分で判断する基準を持つためにも、ぜひ知っておいてください。

標準治療・先進医療・代替医療の違いを確認

がんの治療法において、標準治療・先進医療・代替医療という言葉をよく耳にすると思います。それぞれの違いをご存知でしょうか。以下に簡単に説明します。

まず「標準治療」とは、手術・抗がん剤治療・放射線治療の3つをさします。基本的に保険医療でカバーされる治療方法です。

次に「先進医療」ですが、これは厚生労働省が定める「高度な医療技術を用いた治療」のことで、技術料が健康保険の対象となりません(*2)。具体的には、陽子線治療やγ線治療などがあります。

3つめの「代替医療」は、「一般的に従来の通常医療と見なされていない、さまざまな 医学・ヘルスケアシステム、施術、生成物質など」と定義されています(*3)。太極拳や運動療法、ハーブや栄養補助食品などが挙げられます。

なぜ標準治療が大切か?
標準治療が、ガン治療の中心たる理由

「標準治療」が確立され実践され始めたのは、そんなに遠い昔ではありません。例えば、胃がんを例に挙げると、30年くらい前には、同じ部位の同じ程度のがんであっても「胃を2/3取る病院」や「胃を取らずに内視鏡で治療する病院」などばらつきがあったのです(*4)

このような治療では、結果にばらつきが出るのは当然ですよね。それをなくすために、たくさんの患者さんに参加してもらう臨床試験で最も効果的な治療を「標準治療」とし、今日ではどの病院でも同じレベルの治療が受けられるようになりました(*5)

つまり、標準治療は今受けられる最も効果的な治療、と科学的に立証されたものなのです。

がん治療は進化を続けている

さて、これまでは「標準治療」と呼ばれる手術・抗がん剤・放射線治療が、がん治療の“3本柱”でしたが、現在は「個別化治療」と「免疫治療」を加えた“5本柱”が提唱されています(*6)

今日のがん治療の5本柱。

ではこの新たに加わった「個別化治療」と「免疫治療」とは何でしょう?

個々人にあった治療法で効果の最大化を目指す「個別化治療」

まず「個別化治療」ですが、これは(先ほどの「標準化」の流れと真逆のような感じがするかもしれませんが)治療効果に影響を与える遺伝子要因や環境要因を考慮しながら、個々人に合った治療法を提供し治療効果の最大化を目指すものです。

例えば、乳がんでは約 10-15%の患者さんにバイオマーカー「HER2」が陽性となりますが、このHER2陽性患者に「HER2阻害薬」を投与すると、生存率の向上が認められるのです(*7)

また、人のカラダには体内時計があり、抗がん剤の投与時間によって効果や副作用が異なるということがわかってきています(*8)

このように、体内時計などの環境要因や遺伝因子を考慮して薬の副作用や効果を最適化する研究が行われています。

再評価が進む免疫療法

一方、いわゆる“免疫療法”は以前から治療法として存在しましたが、その効果については長い間疑問視されてきました。しかしある薬の登場が、それまでの免疫療法に対する評価を一変させました。免疫チェックポイント阻害薬“PD-1 抗体”(商品名: オプジーボ®)です。

この薬は、病期の進行したメラノーマ患者の約30%で効果がみられ、さらに、一度大きくなったがんが小さくなるという驚くべき症例も報告され、一躍注目を集めました(*9)

他にも、昨年にCAR-T療法という新たな免疫療法もアメリカで認可されるなど、今後の免疫療法の発展が期待されています。

なぜ医師は代替医療に消極的なのか?

さて一方で、冒頭に挙げた「代替医療」に関する関心は、世界的に増加し、科学的評価や正確な情報を求める機運は高まっているにもかかわらず、ほとんどの医師は消極的です。何故なのでしょうか?

その理由の一つとして、科学的な説明が難しいということがあります。つまり「代替医療」とされる、例えば漢方、太極拳などは、細胞レベルで病気に立ち向かうという西洋医学的な考え方の限界を超えているのです。これら代替医療の説明に使われるのは、試験管レベルの実験か一例報告などがほとんどで、科学的な根拠が乏しいのです(*10)

このように議論の多い代替療法ですが、漢方や鍼灸など、数値に表れない患者さんの苦痛を救うために活躍する代替療法のなかには、効果のあるものが多く存在するのも事実です。ここで問題になるのは、医療関係者と患者さんとの考えに隔たりがあることです。

医師(腫瘍医)の82%が代替医療を「科学的根拠がないから」という理由で受け入れられないと考えている一方で、わずかな可能性にかけて代替療法を取り入れたい患者さんとの間に大きな溝があることがわかっています(*10)

つまり、医師に代替療法のことを隠す人や、医師との関係がうまく行かず標準治療を中止して代替医療頼みになってしまう人が後を立たない結果、医療関係者の側に、代替医療に関してネガティブな印象を植え付けてしまっているのです。これは患者さん・医療提供者ともに埋めて行かなければいけない課題となっています(*11)

*  *  *

以上、今回はがん治療の現状と、代替療法をめぐる課題について解説しました。

国立がん研究センターがん情報センターのホームページによると

「がんの治療方法を考えるときには、がんの場所や広がり、これまでの治療の効果に加えて、あなたの体調や気持ち、がんによって起こっている症状に対して、どんなことができるかを考えていきます。(原文ママ)」

としています。つまり、がんの治療方針を決めるのは決して科学的証拠のあるアプローチだけが正解ではない、ということです。

ネットや書籍などに、がん治療についての情報が溢れる現代です。万が一のとき、あなたならどう考え、どう行動しますか?

【参考文献】
*1.J Natl Cancer Inst 2018; 110: djx145
*2.厚生労働省
*3.NCCAM
*4.日本胃癌学会 1999
*5.京都府立医大のがん「温熱・免疫療法」.PHP研究所
*6.AACR Progress Report 2015
*7.J Clin Oncol 2011; 29: 3366-73
*8.Mol Pharmacol 2014; 85: 715-22
*9.日本内科学会誌 2015; 104: 430-35
*10.日本補完代替医療学会誌 2004; 1: 7-15
*11.Jpn Clin Pharmacol Ther 2006: 37; 27-28


文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。

 

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