函館本線の小樽~倶知安~長万部の区間は、昔から通称「山線」と呼ばれている。羊蹄山やニセコアンヌプリなど名峰を抱え、山道をうねる急勾配や長いトンネルで越えるのだ。そんな山間にあるのが小沢(こざわ)駅。ここはかつて岩内線が分岐していたところ。かつては急行「ニセコ」や「らいでん」が停車する函館本線の主要駅の一つであった。
そんなことを考えていたら、ふと「トンネル餅が食べられないかな?」と思った。
「トンネル餅」は、かつてこの駅で立売されていた餅菓子である。
お店は現在も小沢駅前にあるのだが、停車時間の間に買いに行くことはまず不可能だ。半ばあきらめながら途中の駅から電話をかけてうかがってみると「いいですよ、ホームまで届けます」というありがたい返事。一つでは申し訳ないので3箱お願いする。
小雨の小沢駅に到着。ビニールの小袋に入れた「トンネル餅」をもって、おじさんが待っていてくれた。にこやかな表情に嬉しくなりながら受け取る。それを見たほかの乗客が駅弁の立売と間違え、あわててデッキにやってきた。
「すみません、他に持ってきてないんです」とおじさん。
「トンネル餅」の歴史は古い。登場したのは、函館本線が開業した明治37年に遡る。この年、余市との間にある稲穂峠に、全長1776メートルの稲穂トンネルが開通。それに伴い小沢駅が開業した際に登場したものだ。地元の菓子職人が開発したものだが戦時中は物資不足で発売中止を余儀なくされていた。戦後に元国鉄職員の末次氏が跡を継ぐ形でこれを復活。長らくホームで立売をしていたのだが、優等列車が消え、岩内線も廃止されたため駅から撤退。いまでは駅前のお店で売るだけになってしまった。賞味期限が短いので、東京はもちろん札幌でも手に入らない、まさに地元限定の味覚である。
上新粉で作られたお餅は、白地に薄いグリーンとピンクのラインが入ったカマボコ型の「すあま」。経木製の折箱に並んでいるから、一見するとまさに「駅弁」だ。
掛け紙の絵は昔のまま、トンネルを抜ける明治のSLである。長いトンネルが都会と地元をつないだ記念碑的な餅菓子だ。
トンネル餅は柔らかさが命。賞味期限は当日限り。木の香りと菓子の甘い香りがする包みに誘われ掛け紙を外すと、懐かしいふわふわの餅が姿を見せた。明治の味がする上品なお餅を、さっきのカップルたちとシェアして山道を進む。