文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

アーケードゲーム、『パックマン』の誕生45周年を記念した展覧会が、2025年5月18日から同年9月28日までの期間、カリフォルニア州アーバイン市の公園内ギャラリー施設で開催されている。製造販売元であるバンダイナムコエンターテインメントのアメリカ本社がすぐ近くにある。

展覧会は入場無料。会場には1980年に誕生した初代パックマンのゲーム機が並べられ、だれでも無料でプレイできる。さらに開発秘話やデザイン資料、アート作品などが数多く展示されている。そこには日本語の手書きによる仕様設計書なども含まれているので、日本人にとってもかなり興味深い内容だ。

展覧会場入り口。

パックマンは、1980年5月、日本のゲームメーカー・ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)によって開発されたアーケードゲームである。開発を主導したのは岩谷徹氏。「戦闘や暴力ではなく、誰もが楽しめるゲームを作りたい」という理念のもと、女性や家族連れも気軽に楽しめる内容が追求された。やや先行していた『スペースインベーダー』(1978年開発)に象徴されるように、戦闘・シューティング系が中心だった当時のゲーム業界において、パックマンの非暴力的なコンセプトはまさに革新的だった。

初代パックマン画面。

昭和の日本ならではの面白いエピソードもある。当初、このゲームは「Puck Man(パックマン)」という名称で開発されていた。キャラクターの口の開閉を「パックパック」と表現した擬音語が由来である。

現在なら、「この名前はちょっとまずくないですか?」と社内から疑問の声が上がるだろう。もし「P」の文字を「F」に書き換えられたら、と心配することはけっして杞憂ではないと思えるからだ。しかし、当時の日本人にとってアメリカの放送禁止用語はあまり馴染みのあるものではなかったようだ。

幸い、アメリカ市場に輸出される際の販売代理店であったミッドウェイ社の提案により、英語表記を「Pac-Man」へと変更することが決定された。この賢明な判断により、アメリカ市場での健全なブランドイメージが確保され、後の世界的成功へとつながったとも言える。そうでなければ、フィリピンの国民的英雄、ボクシング世界6階級制覇のマニー・パッキャオ氏もパックマンの愛称では呼ばれなかったはずだ。

バンダイナムコエンターテインメント社屋(カリフォルニア州アーバイン市)。

パックマンは1980年10月には早くもアメリカへの上陸を果たし、瞬く間に一大ブームを巻き起こした。当時、アーケードゲームは若い男性を中心に流行しつつあったが、パックマンはより広い裾野、特に女性や子どもを取り込んだ世代にまでプレイヤー層を獲得していったのである。

パックマンはゲーム文化の範疇を越えて、アメリカ全体に社会現象を巻き起こした。そうした雰囲気は1981年にリリースされた楽曲『Pac-Man Fever(パックマン・フィーバー)』(https://youtu.be/A-qdk-l1aiM?si=WZpfeL-rp525C1QP)が翌年にはビルボード全米トップ100で9位になったことでも容易に想像することができる。日本で生まれたエンターテイメントが国境を越え、アメリカ社会に大きな影響を与えた稀有な例のひとつである。アメリカ社会における「多様性」や「家族志向」への価値観の変化にも合致していた、とはいささか過大評価だろうか。

展覧会が行われている『Irvine Great Park』。

展覧会には家族連れの姿が多く見られた。かつてこのゲームに熱狂した世代が子どもや孫を連れてきているのだろう。あの懐かしいゲーム音が歓声に混じって会場内のあちこちから聞こえてきた。

バンダイナムコエンターテインメント社はロサンゼルス・エンゼルス本拠地のエンゼル・スタジアムにもパックマンで遊ぶことができるコーナー、「Level Up」(https://www.mlb.com/angels/ballpark/level-up)を今シーズンからオープンしている。野球観戦のついでに立ち寄ってみるのも楽しいだろう。パックマンがいかにアメリカ社会に浸透しているかを感じ取れるはずだ。

アーバイン市公式ウェブサイト・プレスリリース展覧会案内
https://cityofirvine.org/news-media/press/article/89679

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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