表彰状などを揮毫する際は、書いた文字を袖などで汚さないよう左から右へ書く。そのため、文字の配置は事前に決めておく。
茂住菁邨(もずみ・せいそん)
昭和31年、岐阜県生まれ。大東文化大学在学時に青山杉雨(あおやま・さんう/文化勲章受章)に師事し、書の魅力を知る。内閣府入府後、辞令専門官となり令和3年に退官するまで41年、勤めた。現在は書家として活躍。

平成が終わり、新しい時代の幕が開いた改元の記者会見。あのとき、菅義偉官房長官が掲げていた「令和」という文字を揮毫(きごう)したのが、当時、辞令専門官だった茂住菁邨さんである。

辞令専門官とは内閣府の人事課に所属する国家公務員で、おもな業務は毛筆で公文書を書くことだ。大臣の官記(辞令書)や国民栄誉賞の賞状など、年間に約1万5000枚もの公文書をたった2名で揮毫する。

「辞令や表彰状は正しい楷書で書かなくてはなりません」と、漢字の由来と変遷について記された辞書をつねに手元に置く。
筆は辞令専門官時代からすべてオーダーメイド。弾力があり、まとまりのよいイタチの毛を用いた小筆を愛用している。

茂住さんは昭和55年(1980)に内閣府に入府し、辞令専門官となった。定年後の再雇用を含めると41年あまり、数多の公文書の中で、さまざまな漢字を書き、退官した現在は書家として活動し、後進の育成にも励む。茂住さんに手書きの文字の役割を訊(たず)ねると、

「手書きには、書き手の想いが込められています。文字を介して、読み手とコミュニケーションを取るため、読みやすさ、わかりやすさが大切。これを第一に考えて筆を運ぶよう心がけていました」

元号の「令」という字も、活字だと3画目は横棒だが、茂住さんは、あえて「ヽ(点)」にした。「ヽ(点)」の方が、自然に見えて読みやすいと考えたからだ。茂住さんの書いた表彰状を見ると、相手の功績や実績など伝えたい言葉と、漢字は大きく、ひらがなは小さくなっている。

「すべての文字を均一にするより、大小をつけたほうが、文章の内容が自然に頭に入ってくるのです」

ひたすら丁寧に字を書く

表彰状の見本。1行あたりの字数に決まりはない。茂住さんは文章の想いが伝わるよう、適宜改行する。強調したい言葉は大きく書く。

茂住さんが大切にしているのが“心を込めて書く”ことだ。

「字の上手い下手は関係ありません。ちゃんと相手のことを想って書くことが大切なのです。私も仕事で辞令を書くときは“頑張って、いいお仕事をしてください”と心を込めて書いていました」

手書きの機会が少ないからこそ、せめて自分の名前は丁寧に書くべき、と茂住さんが続ける。

「自分の名前を雑に書いていると、それを受け取った人たちから、あなた自身が雑な人だと思われてしまいます。丁寧に書くには、技法はもとより、文字の成り立ちを知ることがいちばんです」

官記辞令の見本。書き足せないように紙の上下いっぱいまでに書く。漢字を大きくし、辞令の内容がひと目でわかるのも特徴だ。

漢字がどのようにして生まれ、変遷をたどってきたのかを知るには、専門の辞書や古代漢字学の大家である白川静の著書にあたるのがよいという。

「漢字は3000年以上前の先人が、物の形を象(かたど)ったところから始まりました。ひとつひとつの漢字には、すべて意味が込められています。そして、長い歴史をかけて少しずつ変化しながら現在のような形になりました。その誕生から発展に想いを馳せると、こんなに優れた文字である漢字を使えることに感謝の念が生まれてきます。そうすると、自ずと文字を丁寧に、心を込めて書こうという気持ちになるのです」

取材・文/大関直樹 撮影/藤田修平

※この記事は『サライ』本誌2024年9月号より転載しました。

『サライ』2024年9月号特集は『「漢字」に遊ぶ』。

 

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