母が入浴してくれた!
敏夫さんが有料老人ホームに入居してからも、大島さんと兄の通い介護は続いた。
入浴拒否、大量の汚れ物、感情の激しい浮き沈み……そんな日々がさらに1か月ほど続いたある日、総子さんが利用しているデイサービスから大島さんに連絡がきた。
「血圧が高く、体の痛みを訴えているので、自宅に戻しますとのことでした。私も兄も仕事がありすぐに行けなかったので、とりあえず父にホームから自宅に戻ってもらったんです」
そういう敏夫さんも要介護だ。介護タクシーを利用し、ホームの職員に付き添ってもらうことになった。これが、大島さん家族にとっては幸いした。
敏夫さんと職員は、総子さんを病院に連れていった。診察の結果、特に異常は見られなかったため、両親はまず敏夫さんの暮らすホームに向かった。
「ホームで、職員の方が出迎えてくださったそうです。お腹がすいたらしい母をおやつで釣って、ホームの中に入れてくださいました。そして、『夜中に具合が悪くなるといけないから』と、体験入居という形でその日はホームに宿泊することになったんです」
総子さんも状況をじゅうぶんに理解できないものの、拒否はしなかったという。そして翌日、大島さんと兄は驚くことになる。
「父母は、父のベッドに仲良く座っていました。父は『ホームが母を温かく迎え入れてくれてうれしい』と喜んでいました。何より驚いたのが、あれほどかたくなに入浴を拒絶して、体中から異臭を放っていた母が、職員さんの勧めにすんなり応じてお風呂に入っていたこと! これはもうどんなに感謝してもしきれない。さすがプロだなあと感服しました」
こうして、総子さんはそのまま敏夫さんの暮らす有料老人ホームに「本入居」することとなったのだ。
【「最期まで二人一緒に」同じ老人ホームに入居した両親】に続きます。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。