談/辰巳芳子(料理家)
料理をする上で、道具をきちんと考えることは大切です。
例えば、自分の持っている鍋の直径としゃもじのバランスが取れていなければ、料理はうまくできません。私はしゃもじの寸法にこだわって、何センチの径の鍋には何センチ幅のしゃもじと考えて使っています。
でも従来のご飯しゃもじではくたびれるし、使いにくい。それで、しゃもじも、炒め物などで手が熱くならないように工夫して、ちゃんと仕事ができるようなものをこしらえました。
鍋の直径に合った長さと幅にして、丸い先端を鍋底にぴったりくっつくよう平らにすることで具材が逃げてしまわないようにし、裏側も裏ごししやすいようふくらみを持たせています。自分で料理をしていて不都合を感じるところを、疲れないように、仕事をしやすいように考えました。
ご飯を抜く型の「物相(もっそう)」も作りました。木製だから、まったく熱くならず扱いやすい。ご飯を型で抜くには炊きたてでないときれいにできませんが、この物相できれいに盛り付けられたご飯は、作った人の心意気を感じさせるでしょう。
しゃもじも物相も、国産のひのきを使っています。消臭・殺菌効果が高く、美しさに優れ、法隆寺や東大寺、伊勢神宮の材にも使われているほど長持ちする木材です。
私たちが食べる種子類は、すべて発芽前は自己防御のための毒を持っていますが、このしゃもじで玄米を高温で炒めた煎り玄米のスープは、自己防御物質を難なく解決して力になります。私の父は病床でこの煎り玄米のスープだけで3年間生きました。
こういう食は、美味しい不味いということを超えています。そういうことを男の人にも知っていただきたいと思います。
不思議なことにものを作るのは創造で男の分野ですが、社会全体が幸せになるためには、男が食を理解して動いてくれないと社会が変わらない。私は、男が「酒の肴」を自分で作ることを通して食を理解し、世の中を良くすることができると思っています。
今まで溜め込んだ知識や注意力のすべてを料理をすることに注ぐ。その眼目は、生きていきやすく食べること。そのように考えることは、自分を見つめ直すことにもつながります。
【辰巳芳子さん考案の調理器具】
「しゃもじ(木べら)」
鍋とへらとの相関関係からサイズと形を決めた、辰巳芳子さん考案の調理器具。
「このしゃもじは、柄の長さ17センチ、へらの長さ13センチ、へらの幅6.8センチ。裏ごししやすいよう裏側にふくらみを持たせました。蒸らし炒めにも重宝し、裏ごしもしやすい木べらになっています」(辰巳さん)
【辰巳芳子さん考案の調理器具】
「物相(もっそう、木型)」
「物相は、あったかいご飯でないときれいに型抜きできませんが、これは木でできていて熱くなりません。扇面の型はお赤飯を抜いてお祝いの席に。丸型で抜いたご飯は、お煮しめや和え物の食卓に」(辰巳さん)
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談/辰巳芳子
料理家。1924年生まれ。聖心女子学院卒業。家庭料理、家事差配の名手として今も語り継がれる母、辰巳浜子の傍らにあって料理とその姿勢を我がものとし、独自にフランス、イタリア、スペイン料理も学び、広い視野と深い洞察に基づいて、新聞、雑誌、テレビなどで日本の食に提言しつづけている。近年は、安全で良質の食材を次の世代に用意せねばとの思いから「大豆100粒運動」会長「良い食材を伝える会」会長「確かな味を造る会」の最高顧問を務める。
撮影/小林庸浩、構成/尾崎靖(小学館)
【サライ.jpで読める辰巳芳子さんの記事】