談/辰巳芳子(料理家)
お正月に皆が揃っておせち料理のお重箱の蓋を開けるとき、「今年のお煮しめは前の年よりも上手にできただろうか」と自分に問います。美味しさの乏しい素材を美味しく仕上げるには、見た目もきれいに、お重に詰めるまでが大切です。お煮しめは、自身の料理への姿勢を振り返る、新しい年の節目の料理でもあるのです。
まな板は、お料理上手になりたい、いいものを作りたい、という気持ちを表す道具です。以前は「真菜板」と書いて、「真のおかず」「主となるおかず」を調理する時に使う板という意味でした。ゆえに、お正月にまな板を新しくすることは、前の年よりもお料理が上手になりますように、と新たな気持ちで食生活の進歩を目指す、その気持ちの表れと言えるのです。
私は長年、料理をしながら、台所のしつらえや調理道具などの都合の悪いところは、疲れないように、仕事がしやすいように、と考えて改良してきました。
人の鋭い感覚が何によって磨かれるかといえば、それは問題や不都合を感じた時に、もっとも効果的に生きていくすべを考えることでしょう。それには、なぜ自分が不都合と思っているのかを分析することです。分析したら、どこをどのように直していけば不都合がなくなるだろうか?と考える。すなわち考え方を新しくするのです。
このまな板も、そのように考えてできたものです。モダンな台所に大きなまな板を置くスペースはありません。ならば立てて収納すればいい。素材の匂いが移らないように野菜、お肉、魚を別々に切る枚数があった方がいい、乾かす手間がいらない方がいい、と考えました。原稿を書くための自分の時間を少しでも確保するためです。
いちょうの木はまな板に適していて、昔から料理人に愛用されています。柔らかく復元性があるため包丁を傷めない、適度な油分があるので水はけが良く、乾きが早い、軽くて使いやすい、などの利点があるのです。国産いちょうの一枚板なら、汚れてきた表面を削って新しくすることもできます。「ちいさなまな板」は、若い人や料理初心者にもいいでしょう。
まな板ひとつでも、どうしたら人間がより良く、生きていきやすい食べ方ができるだろうかと考えると、料理すること、食べることをよく考えながら食べていくことだ、と思い至ります。身辺に不都合がないように、と考えていくのは、ひとつの文化です。
【辰巳芳子さん考案】「いちょうの木のまな板」
まな板4枚(大2枚、小2枚)とスタンドのセット。
まな板(大)/横31×縦18×厚さ2cm 材質:イチョウ
まな板(小)/横27×縦17×厚さ2cm 材質:イチョウ
スタンド/幅20cm×奥行18cm×高さ43cm
上記のセットで2万9160円(税込)
※商品についてのお問い合わせ:茂仁香
http://monika.co.jp/?pid=11305296
【辰巳芳子さん考案】「ちいさなまな板」(スプルース板使用)
まな板4枚(同サイズ)とスタンドのセット。
スタンド/幅19×奥行17×高さ39cm 材質:タモ材
まな板 /縦17×横27×厚さ1.8cm 材質:スプルス
上記のセットで9504円(税込)
※商品についてのお問い合わせ:SD企画設計研究所
http://www.yk.rim.or.jp/~4_5indij/dougu/manaita.html
辰巳芳子/料理家。1924年生まれ。聖心女子学院卒業。家庭料理、家事差配の名手として今も語り継がれる母、辰巳浜子の傍らにあって料理とその姿勢を我がものとし、独自にフランス、イタリア、スペイン料理も学び、広い視野と深い洞察に基づいて、新聞、雑誌、テレビなどで日本の食に提言しつづけている。近年は、安全で良質の食材を次の世代に用意せねばとの思いから「大豆100粒運動」会長「良い食材を伝える会」会長「確かな味を造る会」の最高顧問を務める。
撮影/小林庸浩
構成/尾崎靖(小学館)
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